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久しぶりに集まりがあるらしい。


前回はポシャ嫁の出所祝いだったような記憶があるが、今回はイシ嫁が参加したりしないのだろうか?



まあ、オウム関係の情報は相変わらずだなあと思うが、その中にひとつ注目すべきものがあった。


・小池死刑囚(林泰男)が、国相手に面会禁止を取り消し訴訟-係属中



勝ち目のない戦いではあるが、頑張っていただきたいものだ。



日本では死刑囚には人権はない。


それ以前に、犯罪者には罰を与えてそれで終わり。


更生の事など考えてもいない。



文明国家を名乗っているくせに、それでいいのかと思う。


更生と言われてもピンと来ない人も人もいるかもしれないが、それはとても重要な事なのだ。


なぜなら、更生させる方法があるのなら、それを使って犯罪を未然に防ぐ事が可能になるからだ。



今のうちに、死刑囚達から多くの情報を引き出しておくべきだと思う。


彼らがどうやって、マインドコントロールから抜け出したのか?


あるいは、なぜ未だに抜け出せないでいるのか?


その情報は、これからの世の中に必ず役に立つ。



それにしても、さすがは泰男にいさん。


サイレントマジョリティーになるつもりはないらしい。(笑)



ワシも真似して言ってみるか。(笑)

趣味で成就者をやっているものだ。


では、シャクティーパットに関する三つの件について、記憶を辿ってみたい。



①神仙の会の頃に集中セミナーで麻原が倒れてシャクティーパットが出来なくなり、弟子たちが数人で代わりを務めようとした。


これに関しては何らかの形で文書になっていたはずだ。


しかも、それを受けた側と行った側の両方から。


その両方を読んだ記憶があるのだが、それが何だったのかは記憶が定かではない。


その両方が体験談という形だったと思うが、それが書籍であったのか、それともマハーヤーナが刊行される前の白黒の印刷物であったのかはもはや分からない。



そして、麻原もまた説法でこの件に触れていた。


集中セミナーの最終日の説法は、たしかこんな感じの始まり方だったと思う。


「今回のセミナーでは、最初から最後まで、皆さんに迷惑のかけ通しでした。」


麻原はこう言って、セミナーの参加者に謝罪したはずだ。



で、この時にシャクティーパットのやり過ぎで麻原が倒れたのだが、なぜかついでに中村 昇もインフルエンザか何かで倒れた。


その時世話をした石井や飯田に対して、麻原は「私の事はいいから、ムクタナンダの面倒を見てあげなさい。」と言ったということだった。



ついでに書いておくと、当時のホーリーネームは成就者に与えられるというものではなかった。


ラクシュミーやムクタナンダ、シャンティーといったホーリーネームは、五体投地(立位礼拝ではなく五体投地)10万回を達成した弟子に与えられたものである。

な~つかし~い。


アーチャリーブログを見ていて、スイートポテトコロッケを思い出してしまった。



スイートポテトコロッケと聞いても知らない人が多いかもしれないが。


スイートポテトコロッケは、オウムのお弁当屋さん歌舞伎町店において販売されていた、知る人ぞ知るメニューである。



たしか永岡君も頑張って働いていたはずである。


まあ、歌舞伎町なので、それなりの客層ではあった。


特に、店の裏手がキャバレーのお姉さんたちの更衣室兼休憩所だったらしく、お姉さんたちはお弁当屋さんの店の通用口と同じところを通って出入りしていた。



で、ここで出されていた様々なメニューのひとつが、スイートポテトコロッケだった。


見た目は普通のコロッケなのだが、食べてビックリ中身は完全なスイーツである。


しかも揚げたてが特に上手い。


今でこそホットスイーツを普通に見かけるようになってきたが、当時はかなり珍しかったのではないだろうか。



で、そのスイートポテトコロッケの作り方なのだが、最初にスイートポテトを作って小判型に成型する。


これに普通のコロッケのような衣ではなく、カスタードクリームをまとわせる。(笑)


そこへ今度は普通にという事になるが、おおぶりのパン粉をつけて油で色づくまで揚げる。


これで完成である。



う~む、懐かしい。

シュレディンガーの猫がどんな猫かって言ったら、やっぱり黒猫だよね~。


と思ったりする。



相棒は色々と面白いテーマを扱うものだなと思う。


今回はまず、液体窒素。


これで酸欠になる。


オウムがボツリヌスの培養に使ったのと同じ理屈である。



で、もうひとつがシュレディンガーの猫。


番組ではパラレルワールドとしての扱いだった。


まあ、それでは、「僕だけがいない街」になってしまうのだが。



前に、同じチャンネルの報道ステーションのディレクターが、「シュレディンガーの猫だからクンダリニーはない。」という主張をしていたが、これは「パラレルワールドだからクンダリニーはない。」という主張だったのだろうか?



まあ、シュレディンガーの猫とは、量子の世界では0と1、つまり生きているのと死んでいるのとが同時に重なり合って存在するという話が前提になっている。


これは0と1で0.5になっているという意味ではなく、生きている世界と死んでいる世界の二つの世界があるという意味でもない。


ひとつの世界の中で、生きているのと死んでいるのとが、同時に重なり合っているという事である。



これはつまり、サマディという事なのだが、そんなことが出来るのは修行者だけで、修行とは縁のない猫には不可能である。(笑)


で、シュレディンガーの猫が問いかけるものは、量子の世界では二つの相反するものが重なり合うのだが、猫は生き物なのだから生きているか死んでいるかのどちらかであり、重なり合う事はないんじゃないの、という事である。



が、しかし、最近の物理学の研究では、猫でさえも生きているのと死んでいるのとが同時に重なり合っているらしい、ということになりつつあるらしい。


さあ、いよいよ、科学が宗教に追いついて来たということなのだろうか。(笑)