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棋聖戦で永瀬が勝利して、タイトル獲得まであと一勝となった。



追い込まれた羽生は、名人戦と同じくタイトルを失ってしまいそうな雰囲気だ。



困ったもんだね、まったく。


コンピュータはどんどん強くなっているのに、羽生はどんどん弱くなってしまっている。(笑)



この調子だと羽生は、コンピュータに勝つどころか、対局者にすらなれそうにない。


どうやら、検索のトップに出てくるらしい。


せっかくなので解説をしよう。(笑)



最初に気のコントロールをする。


とはいっても、なんとな~くこんな感じで構わない。



例えば、頭に手をやる。


といった場合、何も考えずに、簡単に実行出来るだろう。


上腕二頭筋を収縮、上腕三頭筋を弛緩、前腕筋の出力30%、ひじの角度90度から80度へ修正、目標到達まで0.3秒、衝撃に備えよ。


とか、やっているわけではない。



大量に飲んだ水を吐き出すのも同じ事。


吐こうと思えば吐ける。


生まれた時からの習慣で、吐けないという観念が出来あがってしまっているが、ガージャカラニー程度の事は人としての標準的な能力を持っていればそう難しくはない。


自転車がそうであるように、生まれた時から自転車に乗れる人間はいない。


自転車に乗ろうとするから乗れるようになるのであり、ガージャカラニーも同じ事である。



プラーナーヤーマとアグニサーラクリアを行う。


プラーナーヤーマの名称は忘れた。


というか、初めから覚えようという気がない。(笑)


確か、アグニプラディプタとかなんとかだったような・・・、



続く。

では、グルヨーガマイトレーヤ、大乗のツァンダリー、バルドーイニシエーションという、在家のための三つのイニシエーションがどんなものなのかを見てみよう。


バルドーイニシエーションと聞くとバルドーの導きの事しか知らない素人さんもいるとは思うが、とりあえず相手にしないでおこう。


バルドーの導きはイニシエーションでも何でもない。


ただの遊びなのだから。



まず最初に取り上げるのは大乗のツァンダリー。


正直言って、これはどうでもいい。


チベット密教の要素を取り入れた瞑想法だが、オウムの修行体系の根幹をなすクンダリニーヨーガとは全く系統が違う。


何の役にも立たないと言ってもいいぐらいだが、お布施を集める役には立ったし、経典の翻訳も無駄ではなかったと思わせる意味もある。



なので、大乗のツァンダリーはやらなくていい。


まあ、やりたければやってもいいのだが、おそらくだが人それぞれではあっても、自由にできる時間は限られていると思う。


だから、同じやるなら効果の高い行法に集中すべきである。



もっとも、何を目指しているのかは人それぞれに違う。


解脱を目指していないのであれば、のんびり遊んでいればいいと思う。



それと、オウムにおけるチベット密教の位置づけというか、扱いというか、評価というかについても書いておこう。


これは話にも何もならない。


オウムでは、というか麻原は、完全にチベット密教を見下している。



麻原の「チベット密教は間違いを犯した。そして、堕落した。」


この言葉が表しているように、チベット密教を評価すべき部分は何もない。


ただ、利用しただけである。



チベット密教の考え方は、基本的に自と他の区別をするところからスタートしている。


これでは遠回りになってしまう。



ダライラマの側近とか言われている連中も酷いものだ。


こんなことを書くと、またなんだかんだ言われそうだが、オウムを批判し攻撃している段階で、すでにその宗教は偽物と言っていい。



オウムは殺人集団である。


これは事実である。


だからと言って、本物の宗教は、本物の宗教家はそれを批判しない。


なぜなら、すべてはカルマだからである。



ということであれば、オウムを批判しないダライラマは本物の可能性がある。


ということになる。


チベット密教は偽物でも、ダライラマは本物。


そういう結論だ。

アクセス解析の検索ワードを見てみたら、上の方にこんなのがあった。


「林泰オウム」(笑)



なんやねん、これ!


やすおとオウムが合一してまんがな。



これはつまり、泰男にいさんがオウムそのものという象徴なのであろうか?


泰男にいさん、やっぱステージ高いなあ。(笑)

解脱を目指すのであれば、この場合はクンダリニーヨーガという意味であるが、その場合はヴァヤヴィヤからのツァンダリーが最も効果的である。


ただ、その前提となる基礎的な修行は終わっているという条件が付く。


それに、最終解脱に至る修行法は、これとは全く異なる。



ではなぜ、そう言えるのか。


これは秘儀瞑想のそれぞれの構造を見てみれば、その答えが分かる。



秘儀瞑想が伝授される順番は、


①グルヨーガマイトレーヤ

②小乗のツァンダリー

③大乗のツァンダリー

④バルドーイニシエーション

⑤グルヨーガ


となっている。



しかし、オウム真理教の修行体系に、これらの秘儀瞑想が登場した順番はこれとは違う。


その順番とは、


①グルヨーガ

②小乗のツァンダリー

③グルヨーガマイトレーヤ

④大乗のツァンダリー

⑤バルドーイニシエーション


である。



グルヨーガは最初はアクショブヤのみ。


後に、五仏変化編となる。


小乗のツァンダリーが冊子になるのも、最初に登場してから何年か経った後である。



で、グルヨーガと小乗のツァンダリーは、オウムに集まってきた者たちが皆、解脱を目指していた頃の修行法である。


それに対して、残りの三つは、教団を拡大し信徒を増やすために伝授された、在家のための修行法である。


つまり、この三つの秘儀瞑想は、あくまでも在家のためのものであり、解脱することを目的としていないのだ。