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さらっと書いてあるので行間を埋める作業が大変なのだが、当時すでにサリンを合成することが可能な反応釜が存在していたということだ。

 

それがステンレス製だったのか、合成樹脂製だったのかは分からないが、その反応釜を使えば誰にでもサリンの合成が可能ということになる。

 

 

オウムでは、最初は実験室で三口フラスコを使って、サリンを合成した。

 

製造の過程で、ガラスは溶けてしまうので、ガラス以外の実験器具が必要だったわけだが、現在ではハステロイの反応釜もあり、事件当時よりもより容易くサリンの合成が可能になっているのだと思う。

 

ということになると、テロを未然に防ぐためには、材料となる化学薬品、その治療薬、そして反応釜の三つの流通を監視する必要があるということになる。

 

 

次に、ここでの重要なポイントがある。

 

日本の警察は、第7サティアンのプラントが最終段階まで稼働してサリンが製造されたとしているが、それは間違いであるということ。

 

アメリカでは正しく報道されているらしいのだが、なぜか日本では間違ってしまっている。

 

 

第7サティアンのプラントが稼働したのは、第3段階までであり、サリンは作られていない。

 

当たり前な気もするが、サリンプラントは日産2トンである。

 

もしそれが稼働していたのなら、ものすごい量のサリンがあったはずである。

 

もちろん、そんなものは見つかっていない。

 

警察はこの矛盾をどう説明するつもりなのだろうか?

 

 

しかし、この反応釜によって、サリンが作られたのは事実である。

 

第7サティアン付近の土の中からサリンの残留物が見つかったのは、この反応釜によって合成されたサリンによるものと考えることが出来る。

茂木健一郎がテレビで面白いことを言っていた。

 

「脳科学の分野では、人間には自由意志はないと考えられているんです。」

 

 

これは前にも聞いたことがあった。

 

海外の研究者が実験によって確かめたのだが、人間が何かを決定するときに、脳の意思決定をする部位に信号が流れる前に、一瞬早く意思決定とは関係のない部位に信号が流れているというものである。

 

 

茂木健一郎はこれを、人間が意思決定をする前に、脳の中で答えが決まっていると説明していた。

 

そして、麻原はこれを、脳はただの受信機に過ぎないと説いた。

 

コーザルからのデータを受け取って、その通りにしか行動できない、カルマの操り人形であるという考え方である。

 

 

一般人にはにわかに信じがたいかもしれないが、修行者はこれを知っている。

 

なぜなら、瞑想によって、それを体験しているからだ。

 

 

意思決定も、思考も感情も、それが浮かび上がる前に、その元になるデータがやって来る。

 

そして、そのデータ通りの自分が形成されていく。

 

瞑想者は、別の場所からそれを見ているのだ。

 

 

そのデータがどこからやって来るかは分からない。

 

瞑想者が見ている場所がどこなのかも分からない。

 

理解しているのではなく、ただ知っているということなのだが、この知っているという事が無ければ、オウムの教義を理解することは出来ない。

1994年2月、約30kgのサリンを合成する。

この量は土谷棟で製造可能な限界をはるかに越えており、最終段階の反応は第7サティアンの中に業者から借りた反応釜を仮設して行った。

これは第7サティアンのプラントとは無関係で、当時はまだ内部に空いた場所があったため可能だった。

この時の生成方法が、DC+DF+IPA。

 

こうやって振り返ってみると、随分早い時期に大量のサリンの合成に成功している事が分かる。

 

そうなると、ここで大きな謎にぶつかる。

 

なぜ、わざわざ巨大プラントを建設してまで、70トンものサリンを合成しようとしたのか?

 

 

30kg程度のサリンならいつでも作れるだけの能力を教団は有していた。

 

30kgあれば、松本サリン事件でも地下鉄サリン事件でも起こすことが出来る。

 

70トンというのは、それを2,300回以上起こせるだけの量である。

 

どう考えても、そんな回数テロを起こせるはずがない。

 

2,300回というとピンと来ないかもしれないが、毎日地下鉄サリン事件を起こしても全部使い切るのに6年以上かかる量であるということだ。

 

 

それに、土谷、遠藤、中川の3人で30kg作れたという事は、サマナを10人動員すれば100kg作れる。

 

100人動員すれば1トンだ。

 

当時サマナは千数百人いたのだから、そのうちの100人を動員することなどオウムにとっては造作もない事だったはずだ。

 

それなのに、なぜ巨大プラントにこだわり続けたのか?

 

これではまるで、わざと大量生産を遅らせているように見える。

 

 

 

1993年10月から11月にかけて、中川と遠藤が土谷棟でのサリン製造にかかわるようになる。

遠藤は、ジーヴァカ棟に自分の研究施設を移す。

上祐は、ロシアでの布教に従事する事となり、サリン関係の仕事から外れた。

同年11月と12月に、土谷棟でそれぞれ約600gと約3kgのサリンが合成された。

 

要点が非常によくまとまっていて、さらっと書いてあるんだけど、突っ込みどころが満載。(笑)

 

 

当初はクシティガルバ棟というものはなく、土谷棟であったという事。

 

これは当然の事で、土谷はまだ成就認定されておらず、ホーリーネームもない。

 

いつ頃からは分からないが、後にクシティガルバ棟と呼ばれるようになる。

 

 

これはいかにも遠藤らしい。(笑)

 

 

このタイミングで上祐がサリン関係の仕事から外れるわけだが、逆に言えば、それまでは従事していたということになる。

 

つまり上祐は、1992年12月から1993年10月か11月まで、少なくとも10か月の間はサリン製造の責任者であったのだ。

 

 

11月と12月に、既にこれだけ大量のサリンが合成されていたという事は驚きである。

 

後はいつ使うかという事だけだったのだろうと思う。

前作の、原作にはないオリジナルな結末もよかったが、新作もなかなか面白そうだ。

 

 

善人が悪人に殺される。

 

この不条理をどう考えるべきなのか?

 

 

かつて、平井和正はその作中で、悪人たちが何の裁きも受けない事について、主人公のウルフガイにこう言わせている。

 

「神はどうして、こんなにも寛大なのだろう。」

 

 

最近のCMでは、その中で、

 

「神様はなぜ、僕らをここに閉じ込めたのか?」

 

と言っている。

 

 

現代日本人にとっては、謎多い問いかけなのかもしれないが、インドでは古来よりその答えは既に出てしまっている。

 

その答えがリーラである。

 

要するに、暇を持て余した神々の遊びだ。(笑)

 

 

オウムでは、竜宮の宴において、最初のナレーションでその答えを言っている。

 

「未熟な魂たちに、少し苦労の旅をさせてやろう。」

 

シヴァ神は三グナに命じて、この世界を作り上げた。

 

 

さあ、どうする?(笑)