法友(とも)へ -638ページ目

法友(とも)へ

ブログの説明を入力します。

公正な立場で、真摯に書かれているなと思う。

 

しかし、いかんせん素人だなという印象だ。

 

仏教についても学んでおられるという事だが、所詮は本で読んだ知識を記憶しただけ。

 

実践経験がなく、仏教的見地からの考察もない。

 

いつも思う事なのだが、せめてオウム真理教の教義の、ほんの一部でも理解してから本を書くことは出来ないものなのだろうか。

 

現状では、名もないオウマーの方が、よほどレベルが高いではないか。(笑)

 

 

間違った事が書かれている部分が結構あるので、その部分について順次書いていきたいと思うが、こういった世間的に名のある方が間違った内容のまま本を出すのは本当にやめていただきたいものである。

 

オウムの関係者の中では全くの無名と言っていい僕のところへ話を聞きに来いとは言わないが、すでにメディアにも登場している、野田正悟師や深山さん、早坂大魔王とかに話を聞いて、真偽を確認するぐらいの事はやっていただきたいものである。

 

(続く)

オウムでは「夢見のヨーガ」とか「夢のヨーガ」と呼ばれている。

 

ただ、これは成就の条件とは関係がないので、大して重要視はされていない。

 

 

僕も一時期やっていたことがある。

 

明晰夢は、たまに思い立ったときにやるというよりも、集中的に毎日行ったほうが良いと思う。

 

ここで重要なのは、明晰夢を見るという意思である。

 

これがないと、夢の中で目覚めることはあまりない。

 

 

意思を持って行っていると、毎日明晰夢を見るようになる。

 

一晩で10回から20回ぐらい見るようになる。

 

夢の中ではなんでもやりたい放題で、楽しく遊ぶことが出来る。

 

なのだが、繰り返すが、それだけでは解脱とは何の関係もない。(笑)

 

 

問題は遊んでいるうちに意識がはっきりしすぎて、目が覚めてしまう事である。

 

そうでない場合は、夢の中でもう一度寝てしまう。

 

そして、また夢の中で起きて、前の夢はどうだったか、さらにその前の夢がどうだったということを覚えている。

 

もう一度、繰り返すが、解脱とは関係がない。

 

 

村井ではないけれど、男にとって明晰夢でのお楽しみは、絶世の美女と交わることである。

 

夢の中のほうが快感が強烈であり、しかも、それが精を漏らすことなくいつまでも続く。

 

何度も繰り返すが、解脱とは関係がない。(笑)

 

 

経典の中では、解脱と関係のある能力として説かれることもある。

 

それは、他人の夢の中に現れるということである。

 

その時は、自分の夢と同じように、他人の夢を自由に操れるのだ。