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沖ヨガの三島の本部道場と、オウムの富士山総本部道場はかなり似ていると言ってよかった。

 

この弁護士さんは仏教にしか目が向いていなかったために、オウム以前に出家制度を取り入れたヨーガ団体があることを見落としていた。

 

やはり、知識の絶対量が完全に不足していると言わざるを得ない。

 

 

三島の道場は1階に受付があり、右奥の角に調理場、その隣が風呂場、その手前のスペースで行法を行ったり、折りたたみ式の長テーブルを出してきて食事をしたりした。

 

その光景は、直接床に座り込む方式で、オウムの食堂と全く同じだった。

 

2階の右奥の檀上が沖正弘が講話を行う場所であり、中央の広いスペースがメインの修行場であり、夜はそこで参加者が寝るスペースだった。

 

左の奥には2段ベッドがあり、そこでスタッフたちが寝ていた。

 

 

かつて、世田谷の東京本部の2階には奥に2段ベッドがあり、スタッフだけでなく深夜セミナー終了後に信徒も利用することが出来た。

 

初めてそれを見たとき、沖ヨガの三島道場を思い出したものだった。

 

 

このように、何から何まで沖ヨガとオウムは似かよっているのだが、それともうひとつ似ているものがあった。

 

それがシャヴァアーサナからの起き方である。

 

教団末期には、なぜか別のやり方に変わってしまったが、初期のころの起き方は沖ヨガとまったく同じだったのだ。

 

 

あ、そうだ、まだある。

 

それが、沖正弘が行う、個人指導や相談である。

 

これは、オウムで言うところのシークレットヨーガである。

 

 

麻原は沖ヨガについては特に触れてはいないが、どこかから情報を手に入れてオウムのシステムに組み入れたのだと思う。

 

いわゆるパクリというやつである。(笑)

 

 

まあ、沖ヨガだけでなく、ダンテスダイジや虹の階梯など、自分からパクったなどと言うはずもなく、麻原が沖ヨガについて触れていないことに特に不思議はない。

中川が接見した弁護士に語ったという話によれば、中川は臨時ニュースで事件の事を知ったらしい。

 

 

これは驚きだ。

 

臨時ニュースという事は、中川はその時テレビを見ていたという事になる。

 

しかも、単なるニュースではなく、臨時ニュース。

 

つまり、その番組はニュース番組ではなく、ドラマかバラエティか何かということになる。

 

 

僕もあの時、テレビを見ていて、暗殺のテロップが流れるのを見ていた。

 

夜8時ごろだったと思う。

 

 

つまり、東京拘置所の中では、ゴールデンタイムに死刑囚がドラマかバラエティを見ているという事になる。

 

これを具体的にどういう状況なのかを考えてみると、なんだか不思議な気がする。

 

死刑囚たちが何人か、横に並んでみんなでテレビを見ているのだろうか?(笑)

 

それとも、独房で一人でテレビを見ているのだろうか?

 

 

どちらの状況でもなんだか妙な気がする。

 

死刑囚が拘置所内の他の収容者と接触するというのは不自然な気がするし、中川一人のために独房の中にテレビがあるというのもなんだか贅沢だ。

 

そもそも、独房内はアンテナやケーブルはどうなっているのだろうか?

 

 

次から次へと疑問が沸いてくるが、多分、いつまでたっても謎のままなのだろう。(笑)

昭和の時代、日本のヨーガには大きな二つの流れがあった。

 

一つは佐保田鶴治のアシュタンダヨーガ、もう一つが沖正弘の沖ヨガである。

 

 

沖正弘の事を知らない人も多いと思うが、彼は間違いなくグレートマスターである。

 

沖正弘のエネルギーには、まったく汚れがない。

 

煩悩というものが何もないのだが、あんなエネルギーは沖正弘以外には出会ったことがない。

 

沖ヨガについては、また別の機会に詳しく書きたいと思う。

 

 

沖ヨガは、ヨーガ団体でありながら、オウムよりもかなり前に、宗教法人の認証を取得している。

 

今はもうないが、当時、沖ヨガの本部道場は三島にあった。

 

それはヨーガ教室などというものとは、全く別物だった。

 

ポーズや呼吸法を行うのがヨガなのではなく、生活そのもの、生きる事そのものをヨガにする。

 

という沖正弘の方針により、泊まり込みの集団生活を送るという一種類のメニューだけだった。

 

 

スタッフたちは、オウムの出家者のような集団生活をしており、沖正弘の事をグルと呼んでいた。

 

挨拶は「オウム」。(笑)

 

受付の窓口で、「すみません。」と声をかけると、中から「オウム」と返されてビックリしたものだ。

 

沖正弘もまた、講話の前には合掌して、一声「オウム」と言ってから話を始めていた。

 

講話の後に質疑応答を行うのもまた、オウムと同じシステムである。

 

 

食事は原則として、一日一食。

 

朝五時に起きて、般若心経の読経、道場の清掃、アーサナ、プラーナーヤーマ、武術の稽古、瞑想など盛りだくさんのメニューが夜11時まで続く。

 

一般の参加者も、道場の清掃だけでなく、食事の後片付けの洗い物、風呂場の掃除、シーツの取り換えなど、様々なバクティーをやらされた。

 

 

ある時、古くなった洗濯機を、近くの川原に捨てに行ったことがある。

 

それがグルの指示なのか、スタッフの独断だったのかは定かではないが。(笑)

 

スタッフと一緒に、えっちらおっちら、川原まで行って戻って来たのだが、後に清流精舎で川原にオウムのゴミが捨てられているのを見た時、沖ヨガ道場での事を思い出したものだ。

中川の事がニュースになっているが、オウムを知る者なら誰でも初めからVXだと思っていただろう。

 

あの殺害方法で、他に何があるのか、逆にこちらが聞きたいぐらいである。

 

 

で、問題は、中川がどうやって殺害を知ったのかという事である。

 

おそらくは、新聞記事を見たのだろうと思う。

 

まあ、拘置所内はブラックボックスなので、だろうとしか言えないのだが。

 

 

ここでさらに具体的に考えてみると、次々に疑問が沸いてくる。

 

死刑囚は独房の中にいるのだから、誰かが新聞を運んでくるということになる。

 

東京拘置所の収容人数は3,000名であり、死刑囚は数十名である。

 

死刑囚のための新聞は何部あり、一人あたりの時間はどのくらいなのだろうか?

 

希望すれば持って来てくれるのであり、希望者はそれほどいないという事なのだろうか?

 

一人一人がじっくり読んでいると、東京拘置所全体ではものすごい数の新聞が必要になりそうな気がする。

 

 

何より驚いたのは、オウムの死刑囚に対して、VXの情報が隠されることなくそのまま伝わっている事である。

 

死刑囚というものは、精神的に不安定になるからとか何とかという理由で、外部との交流を遮断されている存在である。

 

それが、自分が直接殺人に関わった事に関する情報も、黒塗りになることなく伝わってしまっている。

 

なんだか、ものすごく矛盾をしているように思うのは、僕だけだろうか。