コンピュータとの対戦は、あまりにもあっけなく勝負が付いてしまったが、もはや打つ手なしと言っていいだろう。
まあ、トラブルがあって途中2回の中断があったのだが、PONANZAの原因ではなくデンソーの原因でもないって、もしかして麻原の前世の徳川家光の呪い?(笑)
とにかく、運営にはもっとしっかりしてもらいたいものだ。
初手3八金のインパクトは凄かったが、永瀬の解説によると22分の1ということだった。
どうやら、PONANZAが先手の場合、22分の1の確率で3八金を指してくるらしい。
つまり、3八金の形を十分に研究しているということになる。
もはや人間の思考では、太刀打ち出来そうにない。
しかも、この3八金と指された段階で、すでに人間側が苦しいのだそうだ。
これが人間同士の対局なら、3八金を見た相手は勝利を確信しているはずだが、それが逆に人間の方がすでに苦しいとは。
それと、持ち時間の消費に圧倒的な差が付いてしまった。
これは、人間が考えている時間を使って、先読みをしているため。
読みが一致すると、時間を消費せずにノータイムで指してくる。
しかも、コンピュータが考えているのは、どうやって勝とうかという事ではない。
勝つのは当たり前、どの方法で勝とうかと考えて時間を使っているだけだ。
まあ、例えるなら、200kmのストレートか?190kmのスライダーか?180kmのフォークか?
しかも、1mm単位で正確にコントロール出来る。
もはや、人間に出来ることは何もない。
今年で最後だからなあ。
ロボットアームが指をしならせて、駒音を響かせるのを見ることは出来なかったかあ。
最終形態、電王手一二三。(笑)
この読み方は、「でんおうてひふみ」だとばかり思っていたが、違っていた。
もしくは「ひふみん」ですらなく、正しくは「イチニさん」だった。
まあ、いいんじゃないでしょうか。
経済がどうの、グローバルがどうの、仏典がどうのと色々書かれているが、自分の言葉では何も語られていない。
おまけに全部、的外れである。
こんなにも何も知らずに本が出せてしまうとは、日本は本当に大丈夫なのだろうか?
p130
「クンダリニーは、仏教的には菩提心という意味である。」
「つまり、クンダリニー・ヨーガは悟りを求める心を強固にするという意味になる。」
もはや何も言うまい。
てか、呆れてものが言えない。
p135から、「シヴァ神とは何か」について書かれている。
まあ、諸説あるわけだから、知識をひけらかしたい気持ちは分かる。
しかし、オウムについて語るなら、オウムにおけるシヴァ神について語ってもらいたい。
はっきり言って、オウムにおけるシヴァ神については何も書かれていない。
まさか、シヴァ神を人格神だと思っているんじゃあるまいな。(笑)
p137
「アートマンを、ブラフマンと一体化させた境地を実現するところに狙いがあるのである。」
なんだかなあ。
オウムの教義について語ってもらいたいんだけどなあ。(笑)
これは自と他の区別と似ているのだが、自と他の区別をしているのは、その個人である。
自と他には、初めから区別などない。
自と他の区別がないからこそ、他に対する批判・攻撃は自分を傷つけることになる。
自分が傷つくことが苦しくて、ますます他に対する攻撃を強める。
これを延々と繰り返すのが無間地獄である。
自分が苦しいのであれば、その苦しみを解消する方法は、他を愛する以外にない。
それが四無量心の実践の理論的背景である。
アートマンとブラフマンについても同じ。
アートマンとブラフマンを分離したのは個人である。
アートマンとブラフマンは初めから分離などしていない。
「アートマン」と「ブラフマン」という二つの言葉を使っているのは、智慧がない者に説明するための方便に過ぎない。
エゴは決して、解脱などすることは出来ない。
出来るのは、エゴを滅することだけだ。
それがすなわち、心の作用を止滅する事である。
菩提心であろうと、四無量心であろうと、それが心の作用である限り、所詮はエゴに過ぎないのだ。

