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3月に行われたワールド碁チャンピオンシップは、悲しいほどに盛り上がらなかった。

 

最終日に行われたのが、韓国対中国の優勝決定戦。

 

そして、もう一局が、井山対ZENの日本同士の最下位決定戦。

 

もはや、笑えない。

 

 

結果は、井山の最下位。

 

0勝3敗で、一勝も出来ずに終わってしまった。

 

 

日本最強が、7冠棋士が、あっさりとコンピュータに負けてしまった。

 

将棋の電王戦は対局数が2局であるために、数字の上ではまだ決着が付いていない。

 

なので、結果的に、トッププロがコンピュータに負けるというのが、将棋よりも囲碁の方が先になってしまった。

 

 

まあ、囲碁ファンですら興味のないネタみたいなので、誰も気づいていないのかもしれないが。(笑)

 

とにもかくにも、これで将棋は面目躍如である。

 

 

そしてZENは、この後に電聖戦にも勝ち、もはや国内に敵なしといった感じになってしまった。

 

今後の番組作りはどうなるんだろうなあ?

 

まあ、後は世界戦しかないんだけどね。

藤井四段が史上初のデビュー以来11連勝を達成した。

 

さすがは天才、まだ継続中なので、どこまで伸びるのか楽しみである。

 

この天才、すでに二つの記録を達成しているが、このまま突き進んでタイトルでも新記録を達成してもらいたいものである。

 

 

まあ、ちょっと、不安材料というか、何というかがないわけでもないが。(笑)

 

過去に10連勝を達成した棋士は二人いるのだが、いずれも六段止まり。

 

誰も名前を知らないと言ってもいいぐらいである。

 

 

それに対して、羽生も渡辺も二人そろって6連勝でストップしている。

 

藤井がもし、このまま勝ち続けるのなら、400年続く将棋の歴史の中で、最強の棋士になるのかもしれない。

p137「プルシャとは、すでに触れたように人間の中の人間、真の人間(純粋精神)を意味している。」

 

オウムの教義について語って欲しいんだけどなあ。(笑)

 

真の人間が純粋精神になっているが、普通に考えれば、人間とは精神ではなく肉体だろうと思う。

 

精神がなくて肉体だけ、すなわち死体であってもそれは人間である。

 

しかし逆に、肉体がなくて精神だけ、そんな目に見えない・触れることも出来ない物を、それを人間であるという思考が僕には理解できない。

 

 

オウムの教義におけるプルシャとは、それはもちろん純粋観照者の事である。

 

エゴが消え去った後にも残る気づき、その気づきの主体がプルシャである。

 

 

p144オウムが行った行為は宗教的に正しいのかについて。

 

いや、オウムは宗教じゃないから。(笑)

 

麻原も説法で、「オウム真理教は宗教ではない。真理である。」とちゃんと言っているではないか。

 

 

まあ、仮に真の宗教というものであれば、それは善悪を超越している。

 

というよりも、善悪の判断がない。

 

なぜなら、全てはカルマによって生起しているだけだからである。

 

善悪を説くのは、ただの方便に過ぎない。

 

 

この本だけに限った事ではないが、オウムについて何らかの判断をするのであれば、方便について語る事には意味がない。

 

教義について正しい知識を身に付けたうえで、脳みそに汗をかくほど、死ぬほど考えに考えて、ようやく糸口が見えてくるかどうかという話だ。

 

 

まあ、他の分野においては僕は専門外なので、とやかく言う気にもならないし興味もない。

 

しかし、ことオウムに関してなら、これははっきりと自分は専門家であると言える。

 

なので言わせてもらうが、オウムに関する限り、世の中には、知識においても、思考においても、十分な能力を持った人物はいまだに誰もいない。