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なんでもそうだが、使い方を間違うとロクなことにならない。

 

それに、カルマ落としなら麻原にまかせておけばいいのであって、自分でやる必要もない。

 

おまけに、オウム内で大宇宙占星術の使い方とその威力を熟知している者などほとんどいない。

 

そんな中で、あるとき事件が起きた。

 

 

世の中でのいわゆる幹部会(笑)の後、名古屋の師が上九から帰る途中でコンビニに車を停車していたところへ大型トレーラーが突っ込み、その師が死亡した。

 

数時間前まで一緒にいて、生きて動いている姿を見ている者がすでに死んでしまっているというのは、何とも奇妙な感覚ではある。

 

すぐに通達が出され、例によって例のごとく、マントラを唱えなさいということになるのだが、そこにはもうひとつ指示が出されていた。

 

それは、大宇宙占星術をカルマ落としに使う事を禁止するということであった。

 

 

まあ、当然だと思う。

 

そんなもの素人が使いこなせるものではないからだ。

 

確認のため、死亡した名古屋の師が上九を出た時間とコンビニに到着した時間を調べて、大宇宙占星術でどうなっているのかを計算してみた。

 

結果は、正直、身の毛のよだつものだった。

 

 

今までに見たこともないほどに、土星の影響力が最大になっていた。

 

土星の象意は、破壊と死。

 

こんな事をしてしまったら、生きていられるはずがない。

 

 

改めて、大宇宙占星術の威力を認識したのだが、普通に考えればこれは事故である。

 

しかし、大宇宙占星術を知る者から見れば、死ぬのは当然であり、事故ではなく自殺にしか見えない。

 

何と言えばいいのだろうか、運命術によって人の運命を知る者から見れば、全ては必然、そういう事になるということかもしれない。

大宇宙占星術で使用する方位は、良い方向のものだけでなく、悪い方向のものもある。

 

悪い方向のものを何に使うのかと言えば、それはもちろんカルマ落としである。

 

これぞオウムの、というよりも麻原の真骨頂と言えるものである。

 

 

一切皆空、つまり現世は全て幻影であるという考え方は、仏教の根幹を成すものである。

 

全てが幻影であるのは常識、当たり前の話であるのだが、そこから先はそれぞれの乗において違ってくる。

 

小乗においては、幻影なのだから捨断する。

 

まあ、捨断の意味が分からないとは思う。

 

遮断ではなく、捨断である。

 

現実が幻影でないなら遮断、現実が幻影であるなら捨断である。

 

 

大乗においては、幻影なのだから全てを経験しつくす。

 

全てを味わい尽くすという、小乗とは真逆の考え方になる。

 

そして、オウムは、麻原は何かと言えば、これはタントラヴァジラヤーナである。

 

幻影なのだからカルマ落としに使えばいいと考え方になる。

 

これはヴァジラヤーナの考え方なのだが、そこにタントラヤーナ、弟子たちを騙して、という要素が加わることになる。

 

まあ、しかし、世の中に、この基本中の基本を理解出来ている人間がどのくらいいるのかなと思う。

 

もちろん、タントラヤーナの「弟子たちを騙す」という要素があるために、麻原の弟子たちでこの事に気付いている者はほとんどいない。(笑)

 

 

で、カルマ落としが大好きな偉大なグルは、教団に、そしてサマナたちに災いが降りかかるように、せっせと大宇宙占星術を使うという事になる。

 

良い方向で使われる象意は木星と金星だったが、悪い方向で使われるのは火星と土星である。