法友(とも)へ -54ページ目

法友(とも)へ

ブログの説明を入力します。

ようするにこっちに飛び火して来ただけの事のようだな。

 

クンダリーニヨガというものは火の行法でありエネルギーを上げるだけのようだが、クンダリニーヨーガはエネルギーを下げる事ができるし、それは小周天でも同じ事だ。

 

 

何か行法を行って問題が起きるのは、体系の全体を行わずに一部だけを行ったり中途半端になっていたりする事が原因だと思っている。

 

だから行法はできるだけシンプルで、その一つだけで完結するものが望ましい。

 

もちろん基礎的な行法はいくつもあるが、それらはあくまでも補助的な役割である事を予め説明しておくべきである。

 

 

才能ある者は唯一つだけを伝授され、その一つをひたすら実践する。

 

我、塵を払い、垢を除かん。

さて残ったヴァヤヴィヤとツァンダリーはどうなのかというと、この二つは使える。

 

これらを使って上丹田を覚醒させる。

 

これが解脱。

 

そして心滴を風に乗せスシュムナー管を中丹田に降ろす。

 

更に下丹田にまで降ろして、この三つを統合した段階が最終解脱。

 

上丹田による智慧の獲得、中丹田からハートを開き愛の獲得、下丹田で肚を獲得する。

 

中丹田とハートは別なのだが、中丹田に降りてからでないとハートは開けないのでこの二つを区別する必要はない。

 

ちなみにハートは中丹田の左側にある。

 

愛についてオウムの連中は勘違いをしているが、四無量心では愛を獲得できない。

 

四無量心はどこまで行っても心の働きであり、心の作用を止滅する事で愛そのものになる。

 

ハートの愛は不変であり始めからそこにある。

 

努力によって心を愛で満たすのではなく、心を捨てて愛そのものへ到達する。

 

これが修行である。

 

 

とまあ、これがオウム真理教における最終解脱までの修行体系なのだが、驚くべき事に麻原がこれを完成させたのは今から30年以上も前の事なのだ。

 

ま、残念な事に、今のアレフには何も残っていない。(笑)