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強い。

 

勝ったんだから強いのは当たり前なのだが、どうも次元が違う感じがする。

 

 

角の使い方の上手さは、升田幸三のようだ。

 

広瀬との対局の6七角は勝負を決める一着。

 

これで、右からでも左からでも、どちらからでも攻める事が出来るようになった。

 

 

羽生との対局では、9九銀に対して9八金とかわすのは、まるで大山名人を見ているようだった。

 

この一手で、銀を遊び駒にすると同時に質駒にして、飛車の成り込みを防ぎ、たとえ金を取っても玉から遠ざかる、という一石三鳥の妙手。

 

羽生竜王渾身の勝負手を悪手に変えて、ここで勝負あり。

 

この場面で、羽生の指先がしなり、手が震えていたという。

 

この二つは、どちらも羽生の勝利のサイン。

 

どちらが出ても対局相手は負けを覚悟する。

 

にもかかわらず、藤井の読みが上回ってしまった。

 

 

升田の攻めと大山の受け、その両方を使われてはもはやどうにもならない。

 

羽生の雁木、広瀬の戦場から玉を遠ざけ飛車の活用を図る手順の5二玉、どちらも最新形であるにもかかわらず、あっさりと藤井に破られてしまった。

 

もうあと残っているのは、矢倉と振り飛車穴熊ぐらいだろうか。

 

見てみたい気もするが、やはり藤井には通用しない気もする。(笑)

終了。

 

藤井六段誕生。

 

 

いや、実に恐ろしい。

 

A級棋士の広瀬が何もできずに、一方的に殴られ続けるだけで終わってしまった。

 

 

全棋士参加での棋戦優勝。

 

29連勝の時とは比較にならないほど強くなってしまった。

 

これからどうなるんだ、いったい?

89年の末のことだったと思う。


出家して初めての極限修行に参加することとなった。


あの頃は若かったねえ、というお話である。



一口に心臓が止まると言っても、一般人は「へ~、心臓が止まるんだ。」で思考停止してしまって、その先を考えることはないだろう。


まあ、普通は何を言っているのか、意味が分からないだろうなとは思う。



それが何であるにせよ、止まるということを認識するためには、止まる以前にそれが動いていたということを認識出来ていなければならない。


動いている、動いている、動いている、・・・・


動かなくなった。


この動かなくなったが、止まるということである。


したがって、動いているということの認識なしに、止まるということの認識は絶対に不可能である。



さて、それでは読者の皆さんは、自分の心臓が動いているという認識をお持ちだろうか?


まあ、生きているんだから、多分動いているんだろうな。


そんな感じではないだろうか。



脈をとらない限り、自分の心臓が動いているのを知覚することは出来ない。


それが普通。



なのだが、修行者はちょっと違う。


修行者は、脈も取らずに自分の心臓の拍動を知覚し、止まる瞬間を知ることが出来る。


止まる音を聞くのではない。


動く音が消えるのを知覚するのである。