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読み終えた。

 

 

P234

森達也があとがきに、「信仰」と書いている。

 

最近はそうでもなくなったが、かつてはとても悲しい気持ちになったものだった。

 

 

麻原はオウム真理教を、「出家修行者集団」と定義している。

 

そうなのだ。

 

「信仰」ではなく「修行」。

 

この修行こそが、オウムだけが持つ特徴であり、あらゆる行動原理の根幹を成すものである。

 

 

麻原は間違いなく修行をしていた。

 

しかし、僕が見る限り、ほとんどの弟子は修行をしていない。

 

彼らは単に、「救済ごっこ」をしているだけだった。

 

 

個人的には、生まれた時からずっと解脱を目指してきた。

 

そして、オウムにいた数年間に多くの事を学ぶ事が出来た。

 

その点については、麻原に感謝するしかない。

P163

地下鉄サリン事件で使用されたサリンの原料となったジフロについて。

 

95年1月、読売新聞が上九一色村の施設周辺でサリンの残留物が発見されたとスクープする。

 

麻原は弟子たちにサリン関連の材料を全て処分しろと命じたが、なぜかジフロが廃棄されないまま残されていた。

 

 

で、ここで、「井上嘉浩がこっそりと保持していたらしい。」と書かれているが、これは誤解を招くのではないだろうか?

 

知っている人は知っている事であるし、別に井上を庇うつもりもないが、「こっそりと保持していた」という表現は、井上が単独行動で隠し持っていたように思えてしまう。

 

そもそも井上は、サリンの製造に関与していないのだから、ジフロがどこにあったのかも知らないし、それも持ちだすことも出来ない。

 

 

中川は不眠不休で毒性を持つ中間生成物の無毒化の作業を行っていたが、あまりにも大量にあったために見落としがあり、毒性を中和する物質を使いきってしまった後に、まだジフロが残っている事が分かったのである。

 

それで仕方なく、井上にジフロを託した、という事である。

 

井上が「保持していた」というのは事実である、しかし、「こっそりと」という表現は適切ではない。