数はゆっくり数える。
100数える間に2分経っているぐらいで構わない。
ストップウォッチを使うなど以ての外である。
スイッチを押したりタイムを見るのに、余計な心の働きを使う必要が出てきてしまう。
それらは全てサマディの妨げとなる。
上体を前に倒し、目を瞑り、ただ数を数えることだけにぼんやりと意識を向ける。
努力が足りなければ結果は出ない。
しかも、それが正しい努力でなければ、どんなに努力しても害にしかならない。
時間の経過と共に、変化はより大きくなっていく。
バンダが緩んでいる間のドクドクドクは1秒間に数回、バンダで締め付けている間はドック~ン、ドック~ンと数秒間に1回となる。
クンバカの限界突破時の秒数の伸び方も、1回あたり10秒、20秒、30秒と急激に長くなっていく。
まるで、漸近的に無限の時間のクンバカ、つまり死に向かって行っているように思える。
恐怖はない。
だからといって、これと言った高揚感があるわけでもない。
ただ淡々と、決められたことを繰り返すだけだ。
修行者という生き物は究極のエゴイストである。
誰かを目指したり、誰かに憧れたり、誰かを慕ったり、そんな感情を生まれつき持っていない。
目指すのは自己の完成のみ。
他人の事になど、興味はないのだ。
昨日の対局で藤井が深浦に雪辱した。
前回の対局とは違って、全く危なげのない勝利だった。
これであと二つ勝てば王座戦のタイトルへの挑戦となる。
まあ、このまま行くんじゃないかなという気はする。
ニコ生とアメバと両方見ていたが、解説からは恐ろしい話ばかりが飛び出していた。
藤井の持ち時間が5時間以上の対局での成績が28勝1敗。
信じられん!
タイトル戦でこの条件に当てはまらないのは棋聖戦、期王戦と叡王戦の一部だけだ。
つまり、これ以外の5つのタイトルにおいて、藤井には負ける要素がない。(笑)
それと、藤井と攻め合いになって勝った棋士が誰もいないということ。
ということは、藤井に勝つには序盤でリードして、そのリードを保ったまま終盤にまで持ち込む以外に方法がないということになる。
しかし、最近の藤井の将棋には、序盤でのミスがない。
ダメ押しは詰みを読み切る能力が一人だけ別格である事。
解説のプロ棋士4人が誰も詰上りまでを読み切れない中、藤井だけは仕留めに行って、ノータイムの連続で深浦の投了となった。
それまで胡坐を描いていた藤井が座り直して、投了に備えて正座したのは、もうほとんどギャグのようだった。
藤井とAI以外誰も詰みを読み切れていないのだから。
こんな奴、怪物以外の何ものでもない。
もう、誰も勝てないぜ。(笑)
サマディに入るためにムドラーを行うのであれば、アパンクリアよりもヴァヤヴィヤのほうが優れている。
アパンクリアはエネルギーを強めるのには向いているが、どちらかと言えば魔境的なエネルギーと言ってよい。
これはレーチャカのみという偏ったムドラー形式にその原因があると思われる。
やはりレーチャカとプーラカはバランスよく行われるべきである。
そして、最も重要なのが最初の25回の出入息である。
これが正しく行えれば、ヴァヤヴィヤは8割方完成したといってよい。
次に考えることは数あるヴァヤヴィヤの中で、どのやり方がベストなのかという事である。
それは上体を前に倒し、数を数えるというやり方である。
ただし、ある程度の身体の柔軟性が必要となるため、その前段階の行法としてアーサナや浄化法をマスターしておく必要がある。
もちろん、25回の出入息のマスターのためには、スクハプールバカ(快適な調気法)を繰り返し練習すべきである。
最後のポイントが数を数えるという事である。
観想は行わないし、マントラも唱えない。
これは出来る限り脳の活動を少なくするためである。
アパンクリアだとナボームドラーからのウッドジャーランダラバンダを行うが、やたらとウッドジャーランダラバンダに脳の活動を使ってしまう。(笑)
マントラや感想も同じ理屈である。
上体を起こして真っ直ぐに保つのも邪魔な脳の活動である。
上体を前に倒して額と両肘が床についている体勢なら、あとはそのまま脱力するだけでよい。
バンダが極まればそのままロックされるし、肉体的にどこかの部分を維持する必要がなければ同時に脳の活動も必要なくなる。
神秘体験が、というよりも何らかの体験が起こっているうちは、それらは全て脳内現象である。
脳の活動を止める、すなわち心の作用を止めない限り解脱はない。
さあ、準備が整ったところで、後は死の向こう側へ旅立つだけだ。(笑)

