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翻訳というのは難しいものだとは思う。


違う時代の違う言語、しかもただの素人だ。


意味が理解出来ない人が多いかもしれないが、仏教学者は仏教学の専門家であるし、翻訳家というのは外国語の専門家であるに過ぎない。


仏教やヨーガそのものの専門家ではない。

 


修行というものは、実践経験がなければ到底理解など出来ない世界である。


アートマンを真我と訳してしまったことが、解脱・悟りを得るための大きな障害になっているようだ。

 


真我を表わす言葉として使われているのは、主に次の四つである。


それは、プルシャ、アートマン、ブラフマン、パラブラフマンである。


で、ざっくり言ってしまうと、この中で真我と言えるのはパラブラフマンだけである。


残りのプルシャ、アートマン、ブラフマンの三つは真我の特性を表わしたものに過ぎない。


なので、この四つの紛らわしい言葉を、現代日本人にも分かりやすいように個人的に勝手に翻訳してみたいと思う。


それはこのようになる。


プルシャ(観照者)
アートマン(個人的純粋意識)
ブラフマン(集合的純粋意識)
パラブラフマン(真我)

 


今までに何度も嫌になるほどこのブログに書いていると思うのだが、真我は我ではない。


これは無我が我であり、非我が我であるのとは対照的である。


「無」・「我」そして「非」・「我」であり、「真我」である。

 


真我独存であり、真我実存ではない。


真我独存とは、真我だけが存在(独存)し、それ以外の全て(一切皆)が3グナによって作り出された幻影(空)であるということである。


この事実を我、すなわちエゴは認めることが出来ない。

 


全部まとめると次のようになる。


真我(独存)

 

ブラフマン
アートマン
プルシャ

 

幻影(空)


宇宙(この世界の一切皆)
無我、非我
神、仏
我(エゴ)

 

まあ、誰も理解出来ないんだろうけどね。(笑)

③オウム元幹部らと交流があったようですが、死刑執行されたことについて、何か思うところはあるのでしょうか。(死刑について賛成か反対かということではありません。)
旧友が亡くなったという感情なのでしょうか。
それともあんな悪いやつらは死んで当然という感情なのでしょうか。


特にありません。

単に知り合いが死んだというだけの事です。

それが病気であっても事故であっても死刑であっても同じ事です。
事件の重大さと死刑が確定している事から執行は当然だと思います。

 

 

④なぜ、出家するのですか?
オウムに限らず、宗教では出家して修行することがあると思いますが、出家して修行に明け暮れても、お金は稼げませんよね。食い扶持はどうするのでしょうか。


食い扶持はそれぞれの団体によって違うでしょうね。

基本は信者からの布施だと思います。

 

① 元R師さんは洗脳する側の人間だったそうですが、何故洗脳する側にいたのでしょうか。オウム真理教に席をおくことが元R師さんにどういうメリットがあったのでしょうか。


自分から望んでそうなった訳ではありません。比較的早い時期に出家して、成就者として認められたために結果的にそうなったという事です。
メリットというよりも解脱する方法を求めていて、それが当時はオウム以外にはなかったということです。

 

 

②-1 元R師さんは、オウムの教えについてどう思っているのでしょうか。麻原は悪人でも教え自体は間違っていないという考えでしょうか。


麻原は悪人である事は間違いないですが、では悪とは何なのでしょうか?
そもそもオウムの考え方には善悪という概念がありません。あるのは善業と悪業だけです。
人を殺すことには善悪はなく、悪業を積むことでそのカルマが返るという考え方です。
それと、教えと一言で言ってしまっていますが、その量は膨大です。個別具体的な話でなければ答えようがありません。

 

 

②-2 もしその場合、何故なのでしょうか。
チベット仏教を元に色々解釈してアレンジしたのがオウム真理教だと思いますが、全て麻原が適当に思いついた「教えのようなもの」ですよね。
信じるに値しない俗にまみれた気持ち悪いオッサンがそれっぽく言ってみただけの「教え」に何の意味も価値もないと思うのです。


残念ですが完全に的外れです。(笑)
オウムはチベット仏教を利用しただけであり、内部ではあいつらはレベルが低くてどうしようもないなという程度の評価でしかありません。
オウムのベースはヨーガです。
クンダリニーという言葉一つをとってもそれは分かると思いますが、正大師、正悟師、師などの成就者と呼ばれる者達は全員がクンダリニーヨーガの成就者です。
これはヨーガによって解脱したのであり、仏教的に解脱した者は誰一人としていません。

オウムは仏教ではないんです。
麻原が説いた教義は、一切皆空、真我独存であり、残念ながらこれは真理です。
これが麻原が残した最大の罠と言っていいと思いますが、麻原を全面否定すると一切皆空、真我独存までも否定することになり、絶対に解脱出来ません。