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シャクティーパットのやり過ぎで具合が悪くなるというのなら話は分かるが、その当時の麻原はとっくの昔にシャクティーパットを終了している。

 

にもかかわらず具合が悪い理由を、麻原はサマナ達が修行をせず悪さばかりをしているからだと言った。

 

要するに、麻原のエネルギーが弟子たちに取られて、逆に弟子たちの汚れたエネルギーが麻原に入ってくるという事だ。

 

 

なので、これから修行に入るので、修行の邪魔にならないようにグルに意識を向けるな、グルを観想するなという指示が出た。

 

もちろん、グルヨーガやツァンダリーのような秘儀瞑想も全部禁止、グルを観想することの全面禁止となった。

 

まあ、こういう事を知らない人も多いかもしれないが。

 

 

それで、麻原は富士山総本部道場から出て弟子たちから離れ、血のイニシエーションの時のようにどこかに山荘を借りて修行をするという事になった。

 

その後、何日か過ぎた頃、サマナたちの間では麻原がどこにいるんだろうな?というような話が出ることがあった。

 

グルがいなくなって、道場のエネルギーが低下したよね、という声も聞かれた。

 

 

なのだが、個人的には何もエネルギーの変化を感じる事は無かった。

 

そして、サティアンで石井の姿を見た。

 

道場の裏では、いつもの事なのだが、CBIが測量を始めていた。

 

 

う~ん、怪しい。(笑)

両面刷りのコピー機が紙を詰まらせながらなんとか動いている隣の、パーテーションで区切られた隅っこの角で紙を折りたたんでは封筒に詰めたりしていると、滝本弁護士が訊ねてきた。

 

「麻原さん、観想しますか?」

 

 

はい?

 

なるほど、世間はそういう認識なのかと、感心することしきりだった。

 

 

元オウムにとっては常識以前の当たり前すぎるほど当たり前なのだが、麻原を観想することはない。

 

はい、ここ重要だから、もう一度書きます。

 

麻原を観想することはない!

 

もちろん、麻原からグルを観想しろ!なんて事言われたこともない。

 

瞑想のプロセスでの観想はあるが、生身の麻原の観想など有り得ない。

 

 

グルの観想云々は末端のサマナに対してだけだ。

 

ワーク中はワークに集中するのであり、修行中は修行に集中する。

 

当たり前の話だ。

 

 

まあ、なんでこんな話になっているのかの理由は分かる。

 

それは麻原のマインドコントロールにかかってしまっているからである。

 

世間が目にする情報は、そのほとんど全てが末端のサマナ・信徒からのものである。

 

情報に偏りがあるのだ。

 

人は情報量が多い方を信じてしまう生き物である。

 

ましてやオウムのような、グルと弟子との関係は1対1という集団においては、なおさら肝心な情報が埋もれてしまう。

 

 

ま、どうでもいいか、そんな事は。(笑)