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上海の将棋人工は100万人もいるらしい。

 

これは中国将棋の話ではなく、日本の将棋の事である。

 

ビックリだ!

 

 

なんでこんな事になっているのかと言うと、小学校で将棋の授業をやっており、成績優秀者には特典があるらしい。

 

つまり、現代の若い中国人は、中国将棋を知っている上に日本の将棋にも詳しいということになる。

 

このなんでもかんでも学ぼうとする姿勢には頭が下がる。

 

逆に考えれば、いったい日本人の内の何人が中国将棋を知っているというのだろうか。

 

 

最近の中国の教育レベルの向上は目覚しいものがある。

 

大学で比較しても、アジアのトップスリーは全て中国であり、日本からは東大がなんとかベストテンに入れるというレベルである。

 

もちろん、世界ランキングでは東大は上位20位以内にも入れない。

 

 

で、そんな中国から、ごくたまに奨励会入りする若者がいる。

 

結果は、年齢制限でプロになることを諦めて、東大の大学院に進んだらしい。

 

囲碁の世界においては、世界チャンピオンは中国である。

 

日本は韓国にすら勝てない。

 

もしかすると遠い将来、日本は将棋でも中国に勝てなくなるときがやって来るのかもしれない。

最近のいくつかあったコメントについて解説を。

 

 

「仏教」とは何かについて。

 

「仏が説いた教え」というのは、仏教の期限や仏教の歴史というものであり、仏教そのものではない。

 

まあ、この考え方をするならば、日本の仏教は「仏」ではなく「一般人」が説いたものだから、当然に仏教ではない。

 

いうならば「人教」とでも言うべきものである。

 

さらに、そもそも原始仏教に書かれているのは、「アーナンダがこう言った」ということであり、こちらは「アーナンダ教」とでも言うべきものではある。

 

 

では、「仏教」そのものとは何か?

 

もし、麻原に「仏教」とは何かと尋ねれば、おそらく、「仏教」とは真理である。と答えるだろう。

 

そして、「真理」とは何かという答えは、「仏教」においては「一切皆空」である。

 

したがって、仏教とは一切皆空であると答えることになる。

 

 

続いて、修行とは何か?愛とは何か?

 

修行によって金儲けをしていればプロと言えるのだが、僕の場合一円にもなっていない。

 

入門から完全解脱に至るまでの方法を全て懇切丁寧にお教えしているが、今後共に金を受け取るつもりはない。

 

金儲けをしていないのだから、これはどうしたって「趣味」だとしか答えようがない。

 

 

愛とは何か?

 

「愛」これは言葉である。

 

愛、愛、愛、とマントラのように唱えても、それはただ単に言葉を唱えているだけである。

 

「愛している」と言ったところで、「愛とはこういうものだ」と言ったところで、それらは全て言葉でしかない。

 

したがって、「愛」そのものとは何か?と言う答えは「実践」ということになる。