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前回、解脱しても何の役にも立たないと書いたが、役に立っているとする考え方もある。

 

それは解脱者が世の中を変えてしまっているというものだ。

 

 

変えてしまっているとするのなら、変える前の未来を誰も知ることが出来ないので、その二つを比較することが出来ず解脱者のおかげかどうか分からない。

 

もはや、笑い話である。

 

 

これを主張しているのがオウムであり、富士山の噴火を防いだとしている。

 

噴火している最中に止めたのなら奇跡だが、噴火する前に止めてしまうとただのインチキである。(笑)

 

しかし、噴火した後に止めるとなると、それは時間の問題で止まるので誰にでも奇跡が起こせることになる。

 

そしてこの、誰にでも起こせる奇跡を、人はたやすく信じてしまう。

今日は朝日杯の決勝戦。

 

朝も早から将棋中継をやっている。

 

 

それにしても面白いなあ。

 

準決勝は2局同時対局になっている。

 

まあ、確かにその方が公平なルールだけどね。

 

 

2局とも予想通りの相居飛車。

 

決勝は藤井対渡辺になるんじゃないかと思うんだけど、どうだろうか?

自分がどうしたいのか?

 

何のために修行するのか?

 

その答えを待っていても、いつまでたっても誰も答えられないだろうから、さっさと答えを書いてしまおう。(笑)

 

 

その答えは、「解脱したい。」である。

 

そうでないのなら、このブログは全く役に立たない。

 

一般人が読んだところで、何が書いてあるのかさっぱり分からないからだ。

 

 

しかし、ここでもう一つ問題がある。

 

解脱したいといいつつ、その中身は具体的には単なる現世果報である、ということである。

 

現世的欲求を満たすために解脱したいというのは、ただの無智であり、現世果報が得られると説くのはただの嘘つきである。

 

 

解脱したところで現世には何の役にも立たない。

 

ここまでは、最低限理解しておく必要がある。