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叡王戦は永瀬の圧勝だろうなと予想してその通りになったが、まさか名人戦まで圧勝になるとは思っていなかった。

 

豊島が新名人になるだろうとは思っていたが、まさかここまでの圧勝とは。

 

佐藤名人も弱くはない。

 

羽生相手に2度名人戦を戦い、2度とも勝っているのだから。

 

 

さて、新名人豊島の言葉が興味深い。

 

藤井と戦ってみたいと言っているのだ。

 

豊島は対藤井は2戦2勝。

 

まだ一度も負けていないだけでなく、2度とも豊島の危なげない勝利だった。

 

 

それでも藤井と戦ってみたいと言う。

 

もはや過去の人となった羽生とではなく、竜王の広瀬でもなく、2冠の渡辺でもなく、タイトル保持どころかまだ挑戦者にもなったことがない藤井と戦いたいという。

 

そう来なくっちゃな。(笑)

 

強い相手との戦いに喜びを見出すのが意識堕落天というものだから。

みぃ~かぁ~んのは~あ~なが、

 

と甘い香りに誘われて近づいてみると、そこに青い蜂がいた。

 

 

ミツバチよりも一回り小さい。

 

少し短いがふわふわの襟巻き。

 

やや光沢のある青いラインが美しい。

 

 

アオスジハナバチだ。

 

珍しいなあ。

 

 

まあ、人間がそんなにしげしげと見つめていることなどお構いなしに、せっせと花粉を集めるのに一生懸命な御様子だったのだが。

僕に正しい質問をするか、僕の質問に論点をずらさずに答え続けるか、たった1回でもいいからそれが出来ればそれで悟りを得られる。

 

僕から見ればとても簡単な事に思えるのだが、今のところ誰にも出来ていない。

 

なので、もう少し説明を続けてみようと思う。

 

 

基本的な知識として、原始仏教には解脱はない。

 

解脱はヨーガ用語である。

 

原始仏教の後に誕生した大乗仏教には解脱がある。

 

釈迦牟尼自身はもちろん解脱者である。

 

その高弟達もまた解脱者である。

 

しかし、解脱者がいたのは釈迦牟尼が生きていた時代だけで、その後は誰も解脱していないようである。

 

 

ヨーガには解脱がある。

 

大乗仏教にも解脱がある。

 

しかし、原始仏教には解脱がない。

 

そのため、力のない原始仏教は衰退し滅亡しかかった。

 

原始仏教徒達は自分たちの生活を守るために、自分たちから離れていった信者たちを連れ戻すために、釈迦牟尼の死後100年も経ってから経典を作り始めた。

 

しかも、その内容は、アーナンダが語った事をまとめたものである。

 

これは、いまから100年後に、井上本に書かれていることがオウムの全てであると判断するのと似たようなものである。

 

 

本当に悲しいことだ。

 

釈迦牟尼の、あの偉大なる釈迦牟尼の、真理の法則が途絶えてしまったのだから。