この沖正弘のエネルギーについては、後に自分でも体験しそれが何なのかが判明する。
同じエネルギーを持つ人物は複数存在し、その一人がカールリンポチェである。
他にもいるが名前は伏せる。
カールリンポチェが喋るのをやめて沈黙する、その時に訪れる寂静がそれである。
両者の違いは、沈黙の時なのか常時なのかである。
当然の事であるが、常時である沖正弘のほうがステージが高い。
沖正弘は紛れもなくグレートマスターであったのだ。
で、それが何なのかであるが、これは死物狂いで修行すれば誰でも体験できる。
それはサマディである。
麻原が初期の頃の説法で語った、「サマディには動きがない。」のサヴィカルパサマディ。
そして、静止を必要としない二ルヴィカルパサマディ。
沖正弘はまさにこれであり、日本語でいうところの本当の意味での即身成仏であったということだ。
で、多少なりとも精神世界に興味がある人なら、ここで疑問が生じるだろう。
沖正弘がそれほど凄いのなら、精神世界でもっと有名であり講話集なども残っていていいのではないか、と。
その答えは簡単である。
沖正弘には、いわゆる承認欲求というものが皆無だったからである。
沖正弘は何にもとらわれず、全くの自由に生き、そして死んでいった。
ただ、それだけの事だ。
で、このブログの熱心な読者なら更に疑問が生じるだろう。
なぜ、沖ヨガの実践をしないのか?
そして、麻原のエネルギーはどうなのか?
である。
何気な~くテレビを見ていたら、いきなり番長が出ていてびっくりした。(笑)
そんなに違和感はないので、将棋を知らない人には分からなかったかもしれない。
まあ、それにしても、いつもの事だなと思う。
オウムの再現ドラマは酷いものだが、ドラマの将棋のシーンも完成度が低い。
真面目に作る気があるのか?
と思ってしまう。
わざわざ陣屋で撮影をするのなら、その分を他のところに力を使って欲しい。
ハブ睨みも入れたいんだろうけど、特に必要性は感じない。
まず、手つきがいけない。
アマチュア級位者でも、そんなに駒の動かし方が下手じゃない。
さらに駒台の駒の置き場所も酷い。
プロはそんな順番には並べない。
で、肝心の局面だが、序盤で3九に歩は打たんでしょう。
終盤で敵が攻め込んできていたら打つかもしれないけど、そもそもそこは金がいる場所だ。
てか、なんで3筋の歩が切れている?
そうなるためには、飛車なり銀なりの駒がいなければ、歩交換には成り得ない。
さらに7五同志社、じゃ無くて同飛車を変な手だと言っていたが、これは銀取りと敵陣への飛車成りを見た自然な手。
で、肝心の二歩の場面だけど、これもどちらかと言えば5四銀と出る方が自然な手に見える。
う~ん、やっぱりもっと完成度の高い作品を見たいものだと思ってしまうなあ。


