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外人の親がいればその子供がいる。

 

親がいれば子供がいるのはオウムと変わりない。

 

まあ、どういう事情か、金髪の子どもたちは日本語ペラペラなのだが。

 

ネイティブジャパニーズのイントネーションの声がする方へ目をやると、そこには金髪の人間が。

 

これもまた初めての経験で、またしても観念崩壊。

 

 

で、その子供たちは元気に道場内を走り回り、暴れまわっている。

 

これもオウムと同じ。

 

何か行法をやる時は1階か2階かどちらかが空いている事があり、子供たちはそこで遊ぶ。

 

ある時、2階での行法が終わった後びわの葉茶を飲みに1階に降りてみると、小学校低学年の女の子が盛大におもちゃを広げて楽しく遊んでおられた。

 

そこへ指導員の男性がやってきて、ここを使うから片付けなさいと言った。

 

当然、沖ヨガもオウムも子供の反応は同じで、もっと遊んでいたいとダダをこねる。

 

すぐに使わないならそれまで遊んでいていいじゃないかと屁理屈をこねるのは、まるで麻原の子供たちと同じである。(笑)

 

まあ、自由奔放に育つと、マナーとか他人への配慮というものは欠落してしまうものらしい。

 

 

で、交渉の結果、その女の子は30分の時間延長を獲得。

 

最初はあと1時間遊びたいという交渉を持ちかけて指導員に断られ、仕方なく30分経ったら絶対に片付けるからという約束でなんとか取り付けた。

 

交渉成立で女の子は大はしゃぎで遊び始めたのだが、30分後、事件が勃発する。

ゴルゴ死す。

 

いやあ、驚いた。

 

最近で一番驚いた。

 

やっぱり膵臓はなあ、見つかった時には大抵手遅れなんだよなあ。

 

 

ゴルゴ絡みの話はいくつもあるが、一番はやはり最終回はどうなるのか?

 

連載開始時にはすでに決まっていたという事だが、それを知るのは確か二人だけだったような。

 

まあ、最初から完全分業制なので連載を続けるのは不可能ではないのだが。

 

ヤッパリ見たいよね、最終回。

 

まあ、下書き無しでいきなりマジックで眉から書き始めるという一種の天才的な手法は今後も誰も真似できないだろう。

 

 

他にも思い出に残る作品はいくつもあるが、バロム・1は画期的だったと思う。

 

二人合わせての変身、どちらか片方が嫌がれば変身できない。

 

いいアイデアだった。

 

 

中でも一番好きだったのは、シャドウマン。

 

人体改造手術で超人となるも組織から逃れて戦う。

 

一番最初の失敗作であるために、昼間は普通の人間に戻ってしまう。

 

後から作られた超人たちはいつも自分よりも強い。

 

透明人間との戦いは、今思い出してもワクワクする。

 

 

だけど、まあ、一つの時代が終わったんだねえ。