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ゴルゴに続いて、カムイもまた死す。

 

 

ストーリーも面白いけど、何よりセリフが良かった。

 

流砂に飲み込まれて脱出しようともがくが出られず、首まで埋まって周りを見回して目に止まった一輪のリンドウの花。

 

まさに死にゆく時のセリフが「美しい。」

 

山頂で山合から朝日が登るのを目にして「朝が来れば、夜は泣きながら去っていく。」

 

名張の五つのセリフもまた良かった。

 

醜い姿をしたカエルが子供たちに石をぶつけられ棒で叩かれしているのを見て、五つは金を与えて子供たちからカエルを買う。

 

子供たちを叩きのめしたりしない。

 

カエルを両手で抱えて池まで運び、水の中に逃がしてやり、その時のセリフが「醜く生まれたのはお前のせいではないのにな。」

 

カムイとの対戦では、この二人はなぜかお互いに相手を殺したくないと思っているのだが、カムイの霞斬りを防いだものの刀を弾き飛ばされて、カムイから「次はどうする?」と聞かれ「今、思案の最中よ。」と答える。

 

 

懐かしいなあ。

 

GYAOでやってくれないかなあと思ったりもするんだけど、今では放送禁止になってるからなあ。

 

 

で、カムイ外伝の後に始まったのがサザエさんなんだけどね。

それでは、順番に読み進めていって、目に付いた事について書いていこう。

 

 

p2

「麻原とオウムを駆り立てた衝動は、決して彼らに限ったものではない。」

 

これは明らかな間違いである。

オウムは、オウムだけが他の集団とは違う。

それを分かつものは、修行そして解脱である。

 

p3

「オウムが核兵器や、・・・」

 

オウムには核兵器を作る能力はない。これはただのハッタリである。

 

p3

「世界を救うために世界を破壊・・・」

 

オウムは世界を救うつもりはない。

救われるのは修行をした魂だけであり、それは個人の問題である。

オウムが破壊しようとしたのはこの世界ではない、欲六界全てである。(笑)

 

p4

「ハルマゲドンの引き金・・・」

 

いや、もう、バカバカしくてお話にならないが、地下鉄でテロを起こしたところでハルマゲドンなど起こるはずもない。

小学生でも分かるんじゃないかと思う。

 

p5

「心理的な支配力をふるっているグル・・・自分をいかにして開放する・・・」

 

まあ、人それぞれだとは思うが、個人的には支配も開放も関係ない。

そこにあるのは自分の意思だけである。

 

p6

「グルイズム・・・」

 

この言葉が使われるようになったのは後になってからだと思う。

当時は特にその様な感覚はなく、どこにでもある組織の一員として行動していただけだ。

オウムが事件を起こしていた事を知っていたのはごく一部の幹部だけだったのだから、組織のやり方に逆らうほうが不自然である。

不満がある者は辞めればいいだけだ。

 

p6

「ポア・・・犠牲者に利益をもたらす殺人・・・」

 

完全な間違いである。

麻原は最初に、救済は本人の修行による解脱だけであると説いている。

これに矛盾する全ての考え方は教義ではなく方便である。

もし、利益があるとするなら、それは犠牲者にではなく、ポアした側にでなければオウム真理教の教義は根底から崩壊する事になる。

 

p9

「カルトのグルは、全でもあり、また、無でもある。」

 

ヨーガにおいて、グルは導く者であり、その実態は空である。

現象がどうであるかはどうでもいい。

 

p12

「隻眼の子供」

 

くだらない。

生活環境が人を構成するのは表面的な部分に過ぎない。

本質的な部分は生まれながらに決定している。

麻原は生まれながらにして麻原だったのだ。

もし麻原が恵まれた環境で育っていたなら、麻原本人が言っていたように東大卒業、官僚、国会議員、総理大臣、このルートでどこまで行けるか分からないが、教祖になるより遥かに大きな悪事を成し遂げていただろう。

 

p20

「クローン」

 

まあ、これも勘違いだな。

麻原のクローンではなく、成就者のクローンである。

人間コピーしてどうすんだって話。

ただ、PSIは完全な失敗作。

麻原の脳波じゃなくて筋電位を取り出してるものだから、電流が流れすぎて頭が禿げたり焦げたりした。(笑)

 

p24

「酸欠・・・」

 

そんな単純なものでもない。

酸欠も重要だが、それ以上に重要なのが二酸化炭素濃度の上昇。

それと入れ替わりに起こる、急激な酸素濃度の上昇。

この繰り返しなのだが、世界の誰もこんな事について研究した学者はいない。

 

 

はぁ~、なんか全然進まないなあ。

 

久々にオウム本読んだので細かい事に目が行ってしまうのだろうか。

 

次からは、どんどん飛ばしていこう。

オウム真理教について、麻原彰晃について語る時、予め確認しておかなければならない事がいくつかある。

 

最初に、麻原がどうしておかしくなってしまったのか?である。

 

まあ、おかしくなったというのも妙な表現ではある。

 

最高裁によって、麻原は「遺骨は四女に。」と言った事、正常な判断能力があった事が事実として確定している。

 

なのだが、おかしくなったという前提で話を進めると、なぜおかしくなったのかという理由がはっきりしない。

 

確かに、拘置所や刑務所というものは劣悪な生活環境である。

 

だからといって、麻原がおかしくなるほどのものではない。

 

全く目が見えなかったとしても、狭い房内で食事や排便は十分に可能である。

 

糞尿を垂れ流すようになったのは、おかしくなってからの話である。

 

 

次に、裁判についてである。

 

麻原はまともに裁判を受けさせてもらえなかったという主張があるが、これは間違いである。

 

麻原は自分から裁判を受ける権利を放棄している。

 

まあ、麻原が裁判で語った事も教義と方便がありその殆どが方便であるが、麻原は最初は自分が弟子たちの罪を背負うから自分を死刑にしろと主張していた。

 

ところが、弁護団が「麻原を死刑にしてそれでいいのか?」と、麻原の主張と真逆の事をやりだし、そこから麻原がおかしくなっていったのだ。

 

 

最後に、これが最も重要な事なのだが、世間が思っているほど麻原は頭が悪かったのか?という事である。

 

世間では、教祖がアホなら弟子もアホ、みんな揃ってアホ集団という評価だが、果たして本当にそうだったのだろうか?

近所の図書館にはなかったので取り寄せ。

 

京都府内には蔵書は2冊だけで府立図書館にはない。

 

こういったケースでは1ヶ月位かかるのが普通だが、コロナのせいか今回は早かった。

 

 

最初の方を軽く読んだ感じでは、オウム本にしては珍しくよく出来ていると思う。

 

オウム真理教を知らない人にとっては、村上春樹本と並ぶ入門書として適していると思う。

 

元オウム幹部に取材してどうこうという本が何冊も出てはいるが、著者が意図的にやっているのか取材能力が足りないのか、理由はわからないがどう見ても客観性が足りなくなってしまっているように思える。

 

 

それに対してこの本は、日本人のために書かれたものではない。

 

アメリカ人の大学教授が英語で出版したものの日本語訳であるために、どこにも日本人に阿る要素がなく非常に優れた内容になっている。

 

ただ、全てのオウム本、そして全てのオウムに関する考え方と共通のミスを犯しているように思える。

 

それは、この本の著者が悪いわけではなく、麻原のマインドコントロールが見事だったという事なのだが。

 

世間の人々は、オウム信者は麻原にマインドコントロールされていると言って見下しているが、実は自分たちが麻原にマインドコントロールされてしまっているという事に全く気づいていない。

 

マインドコントロールを見破るには、教義と方便の違いを理解する必要がある。