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やっぱり記憶に残っているのはオリンピックだよね~。

 

ソフトボールの決勝、あれは実に面白かった。

 

歴史に残る名勝負だった。

 

 

オリンピックの種目からソフトボールが外された、もう二度と檜舞台に立つ事なかったはずなのに、開催地が日本であるために今一度だけの復活となった。

 

上野をはじめ、まだブスブスとくすぶり続けていた選手たちに、最後に燃え尽きる場所が与えられたのだ。

 

それは日本だけでなく、アメリカもまた同じだった。

 

一度は引退した選手たちが戻ってきた。

 

なんか、昭和のスポ根マンガみたいな展開だけど、これ実話なんだよね。

 

 

日本、アメリカ双方ともに勝ち上がり、再び、いや、もう何度目だろうか、決勝で相まみえる。

 

日本の2点リードで迎えた6回表の日本の攻撃。

 

あと1点入ればアメリカを大きく突き放し、勝利を確定的にできる。

 

両軍ともにピッチャーは疲労困憊、もはやボールに威力はない。

 

そんな中、ツーアウトからセンターへ大飛球が飛んだ。

 

完全にホームラン性の当たり。

 

アメリカ人選手は懸命に追いかける。

 

センターバック、なおバック。

 

入ったー!

 

と思った次の瞬間。

 

センターはフェンスによじ登り、片手で身体を支え、反対の手を伸ばした。

 

フェンスを超えて落ちていくボールは、グローブに吸い込まれていった。

 

奇跡のスーパープレー。

 

日本人の体格なら、絶対に届いていなかった。

 

 

そして、この後、試合の流れはアメリカに傾いていく。

犯罪者側への対策は専門家におまかせするしか無いが、被害者側はもうちょっとなんとかなるんじゃないかと思う。

 

京アニにしても、今回の心療内科にしても、防火対策が十分であるとは思えない。

 

 

ワシも警備員をやっていた時に、とりあえず危険物乙4類と自衛消防の資格は取っておいた。

 

勤務先が鉄筋コンクリートの建物の中であるのなら、誰でも取っておいて損のない資格かなと思う。

 

まあ、必要なのは資格そのものではなく知識なのだが。

 

 

今回の犯人は屋内消火栓を使えないように細工をしたという事だが、誰も気づかなかったのだろうか?

 

これが警備員が巡回しているような施設なら、すぐに連絡が行って施設管理が飛んでくるはずだ。

 

警備員がいないのなら、自分たちで管理し、火災報知器と屋内消火栓の使い方は頭に叩き込んでおくべきだろう。

 

 

正面入口の反対側には非常扉と非常階段が必要だが、それがないのなら、せめて避難梯子を設置すべきだ。

 

2階からならなんとか飛び降りる事もできるが、3階以上では無理だ。

 

京アニも今回の心療内科も、個人的には人災にしか思えない。

 

被害を最小限に食い止める事は、わずかな努力でできたはずなのだ。

 

 

こういった事件を見るたびに、昔見た映画のタワーリングインフェルノを思い出す。

 

ビル火災の一報を受けたスティーブマックイーン扮する消防隊の隊長が、どうしてはしご車が届かないビルばかり建てたがるんだとぼやきながら現場に到着する。

 

そこで施設管理の責任者への第一声が「スプリンクラーは?」だった。

 

「動いていない。」に対して、さらに「どうして?」

 

もちろん、スプリンクラーが作動していれば、消防隊など必要ないという意味だ。

 

この映画が公開されたのは1975年。

 

まだ生まれていない人も多いだろう。

 

 

スプリンクラーや非常階段、避難梯子がないのは経済活動を優先させたからに他ならない。

 

個人的には、金で命を買えるのなら安いものだと思うのだが。

 

 

余談だが、サリンなどの毒ガスが巻かれた場合も、スプリンクラーの大量の水が人的被害を最小限に食い止めるはずだ。

 

ただ、その後、火災でもないのにスプリンクラーを作動させたとして、恐ろしい金額の損害賠償を請求されるだろうけど。(笑)

放火事件の容疑者死亡。

 

警察はこれで真相の解明が不可能になったと言っているらしい。

 

 

いや、それは違うでしょ。

 

生きていたからといって、解明できるとは限らない。

 

麻原が何を考えていたかなんて、誰にも分かっていないじゃないか。

 

あれだけ長い時間をかけて裁判を行っても、何にも分からなかったんだよ。

 

その他の事件でも同じ事。

 

分かった気になっているだけだ。

 

生きていようが死んでいようが、人間が人間を理解できると考えるなど思い上がりに過ぎない。

 

分からんものは、分からんのだよ。

 

分からないものはそのままで、ありのままに受け止めるしかない。

 

 

まあ、自分がなぜ生まれてきたのか?

自分はなぜ死ななければならないのか?

 

その両方に論理的に矛盾のない答えを用意できているというのなら話は別だが。