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船中八策を作ったのは坂本龍馬ではない。

 

なんでそんな事になったのかであるが、歴史に詳しくない人間の認識としては、明治維新の立役者と言えばやはり薩摩と長州であり土佐は蚊帳の外である。

 

佐賀藩にいたっては、もはやそんなやつおったか、みたいな扱いである。

 

 

そんな訳で、自分たちもしゃしゃりでたい土佐の小説家が、明治時代に坂本龍馬の小説を書いたのが事の始まりである。

 

これが庶民に大受けした。

 

現代でも、鬼滅の刃や呪術廻戦は庶民に大受けしているが、誰もそれが事実だとは思わない。

 

ところが、情報量の少なかった明治時代には、人々はそれを事実として受け止めてしまった。

 

これがマインドコントロールの始まりで、これ以降の小説やドラマはこのフィクションをベースとして制作される事となった。

 

 

そこへさらに追い打ちをかけて、この小説家が大正時代に作ったのが船中八策である。

 

日本国民みんなが騙されていたわけだ。

 

なんて悲しいんだ!

 

それにしても、本家の日本人が知らなかった事をアメリカ人が先に知っていたというのが驚きではある。

 

 

だけど、歴史小説って面白いんだよねえ。

 

「敵は毛利にあらず、本能寺にあり。」なんて、もう設定が巧すぎる

 

 

ま、全ては幻影だという事で。(笑)

オリンピックの他には、やはり歴史的事実の話という事になりそうだ。

 

近年、次々に明らかになってきているが、その数があまりにも多すぎる。

 

西郷隆盛、足利尊氏、聖徳太子に源頼朝、全部学校でウソを教えられていた。

 

さらには、坂本龍馬も教科書から消えかかっている。

 

 

まあ、アメリカで学ぶ日本の歴史においては、元々坂本龍馬は出てこない。

 

そして、本来それが正しいのだが、日本人のマインドコントロールもようやく解けかかってきたのだろう。

 

大河ドラマや歴史小説で美化され過ぎているのであり、それらは事実とは異なっている。

 

さらに、オウムにいた龍馬の生まれ変わりとかいう奴がどう見てもろくでもないので、坂本龍馬あかんやんとは思っていた。(笑)

 

 

で、みんな大好き坂本龍馬の偉業と言えば、薩長同盟と大政奉還なのであるが、結論から先に言ってしまうとどちらも龍馬と関係がない。

 

大政奉還の元となったとされる船中八策は、作られたのは実は大正時代であり、その前には存在していないのだ。

6回表、アメリカの攻撃。

 

連戦連投の上野は、すでに疲労困憊。

 

先頭打者にヒットを許し、ワンアウトも取れずにピッチャー交代。

 

前の回のアメリカのスーパープレーに続く嫌な流れに不安がよぎる。

 

リリーフに立ったのはまだ若い後藤。

 

皆様御存知、あの河村事件の被害者の後藤選手である。

 

 

一人目のバッターを三振に仕留めたものの、次のバッターにあっさりとヒットを打たれ、これでワンアウト1、2塁。

 

長打が出れば同点、ホームランなら逆転のケースとなった。

 

悪いことにここから先はクリンアップとの対戦が続く。

 

この試合最大の見せ場となった。

 

ほんと野球にしてもソフトボールにしても、面白い勝負っていうのは何故かこうゆういいめぐり合わせになるんだよなあ。

 

不思議なものだ。

 

さて、この時の後藤の心境やいかに?

 

 

心配は的中。

 

後藤の球を、3番バッターはジャストミート。

 

火の出るような弾丸ライナーがピッチャーの横を抜け、サードを襲う。

 

サードが横っ飛びで懸命にグラブを伸ばしたものの、無常にも打球はそのグラブを弾いて後方へと飛んでいく。

 

「あ~っ」と思わず声が出てしまう場面。

 

抜けた~、これで、同点。ワンアウト二塁になってしまった。

 

と思った次の瞬間。

 

画面の右側からすごい勢いで、何かが飛んできた。

 

ショートだ。

 

獲物を狙う野獣のごとき大ジャンプ。

 

サードが弾いたボールを逆シングルでダイレクトキャッチ。

 

空中で向きを変え、今度はセカンドへ向けてジャンピングスロー。

 

ゲッツー、スリーアウト、チェンジー!

 

一瞬の出来事に、「あ~っ」に続いて、今度は「ええーーーーーっ!」

 

走り出していたセカンドランナーが途中で棒立ちになってしまっていた。

 

 

なんだ、これは。

 

今、物凄いものを見てしまったぞ。

 

いや、ほんと、こんなものをリアルタイムで見られるなんて、幸せ過ぎる。

 

 

そして最終回、日本は追加点ならず。

 

なのだが、この時、上野がピッチング練習を始めていた。

 

え、どういう事?

 

と、思ったが、上野は後にこの時の事をこう話している。

 

「後藤が顔面蒼白で投げていたから、最後は私が行くしか無いと思った。」

 

姐さん、かっこい~。

 

おとこまえ~。

 

 

アメリカの最後の攻撃。

 

ベンチに戻ってきた上野は、トレーナーからマッサージを受けていた。

 

大丈夫か?投げられるのか?

 

そう思って見ていたが、上野は力の勝負には行かずに、打たせて取るピッチングに切り替えていた。

 

4番を外野フライ、5番を内野ゴロ、そして最後のバッターをキャッチャーフライ。

 

ゲームセット!

 

やったー!

 

日本中がそう叫んでいただろう。

 

いや~、いいものを見せてもらった。

 

ありがとう。

 

 

それにしても、河村事件は酷いものだった。

 

本人がアホなのは仕方がないとして、周りに誰か一人ぐらい優秀な人材はいないのだろうか?

 

あの顔面蒼白の場面での話で盛り上がっていれば、かなり評価が上がっていたはずなのに、絶好のチャンスを自分で潰してしまった。