それにしても不思議なものだ。
なぜ、この世の中に修行者というものが存在するのだろうか?
彼らはなぜ、解脱を求めるのだろうか?
修行というものは、解脱というものは、この世の中では何の役にも立たない。
なぜなら、解脱というものがこの世の中を超えた、次元の違う概念だからである。
まあ、自分の場合は、カルマによって、生まれる前から解脱を求めていた。
と、簡単に答えが出る。
しかし、オウムの連中を見ていると、とてもそうは思えないのだ。
一切皆空、真我独存、麻原がそう説いているにもかかわらず、僕が知る限りでは理解出来た弟子は皆無である。
修行上の経験もなく、教義の理解もない。
それでも彼らは自分たちが修行者であると思い込んでいる。
それがどうにも不思議でならない。
さて、本物の修行者は、どこかにいるのだろうか?(笑)