ダンテスダイジは麻原の活動に否定的だった。
もし、ダンテスダイジが生きていれば、オウムにとって目の上のたんこぶとなっていただろう。
もしかしたら、オウムの数々の事件は未然に防げていたかもしれない。
しかし、である。
オウムが神仙の会となって、その活動が活発になって来た87年に、なぜか都合よくダンテスダイジが死んでしまうのだ。
まあ、これは、世間の皆さんが大好きな、偶然というやつなのだろう。(笑)
ダンテスダイジの弟子たちは、自分たちの師匠の死について沈黙したままである。
当時は今のように、ブログだのツイッターだのはない時代ではあったが、書籍にするなり冊子にするなり何らかの手段はあったはずである。
それが何もない。
これは一体どういうことなのだろうか?
普通に考えれば、そこには理由がある。
何かあったという事なのだろうと思う。
では、それは何なのか。
サマディ死の場合、釈迦牟尼にしてもマハルシにしても、そうしようとするのは最初だけである。
解脱した最初の頃にそうしようとして、誰かに止められる。
いわゆる、懇願されることによって、現世に留まる。
そして、一旦そうしたら、その後は寿命が尽きるまでこの現世に留まるのだ。
ところが、ダンテスダイジの場合は、このパターンには当てはまらない。
つまり、ダンテスダイジは、サマディ死ではない、という事になる。