坂本弁護士事件⑧ | 法友(とも)へ

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ダンテスダイジは麻原の活動に否定的だった。


もし、ダンテスダイジが生きていれば、オウムにとって目の上のたんこぶとなっていただろう。


もしかしたら、オウムの数々の事件は未然に防げていたかもしれない。



しかし、である。


オウムが神仙の会となって、その活動が活発になって来た87年に、なぜか都合よくダンテスダイジが死んでしまうのだ。


まあ、これは、世間の皆さんが大好きな、偶然というやつなのだろう。(笑)



ダンテスダイジの弟子たちは、自分たちの師匠の死について沈黙したままである。


当時は今のように、ブログだのツイッターだのはない時代ではあったが、書籍にするなり冊子にするなり何らかの手段はあったはずである。


それが何もない。


これは一体どういうことなのだろうか?



普通に考えれば、そこには理由がある。


何かあったという事なのだろうと思う。


では、それは何なのか。



サマディ死の場合、釈迦牟尼にしてもマハルシにしても、そうしようとするのは最初だけである。


解脱した最初の頃にそうしようとして、誰かに止められる。


いわゆる、懇願されることによって、現世に留まる。


そして、一旦そうしたら、その後は寿命が尽きるまでこの現世に留まるのだ。



ところが、ダンテスダイジの場合は、このパターンには当てはまらない。


つまり、ダンテスダイジは、サマディ死ではない、という事になる。