第6回 ウクライナ侵攻の伏線、欧米が関与した旧ソ連の「民主化」と「ハイブリッド戦争」
この「第二次ナゴルノ・カラバフ戦争」においては、1994年の停戦以来、16年ぶりの大規模な戦闘となり、戦い方は現代化した。相互にサイバー攻撃を仕掛けあい、政府メディア、ソーシャルメディアを活用したプロパガンダが飛び交う中、アゼルバイジャンはトルコから購入した無人戦闘航空機バイラクタルTB2なども有効に活用して、戦闘を有利に進めた。そして、今度はアルメニアに対して勝利を収め、これまで実効支配されていたうちの4割もの国土を取り返した。メディアでは、この戦いについて、ハイブリッド戦争の勝利と捉える向きが多い。
「2020年はもちろん、サイバー情報戦などもあったし、ハイブリッド戦争の要素も多くて、いろんな現代的な兵器を使って展開したことは間違いありません。でも、戦後の発表では、アゼルバイジャン兵も相当(2783人)死んでいるんです。はっきり言ってアルメニア兵死者(2718人)より多いんですよ。そうなりますと、トルコから購入した無人戦闘航空機バイラクタルTB2などがゲームチェンジャーになったというのも事実ではありながら、最後は陸軍の血みどろの戦いなんですよね」
ここで廣瀬さんがあらためて強調したのは、ハイブリッド戦争の非正規的な戦闘の段階で勝敗が決まるわけでは必ずしもなく、最後は多くの人命を戦場ですり潰すような、旧来型の戦闘になる、ということだ。現代的な様々な手法を組み合わせることで、有利な局面を導くことができたとしても、それによってすべてが決まるわけではないのである。
こういったことは、2022年2月以降、ロシアによるウクライナ侵攻で、わたしたちが見ているものを考えれば納得できるだろう。クリミア併合のようなことは、むしろ例外だし、長い目で見れば「導火線」ともなっていると考えられる。
「今回ウクライナとロシアも、両方ともがフルスケールのハイブリッド戦争をやっていると思います。その上で、今回のハイブリッド戦争の非正規戦の領域に関してはウクライナの方が勝っているんです。その背景には、ウクライナが、2014年の敗北後、軍がものすごい現代化を図ってきたことがあります。一方でロシアは、昔のウクライナのままだと思っていたみたいですね。でも、実際はかなり改善されていて、例えば電気と電波は絶対落ちないようにするとか、あとは国民の意識を高めたりとか、ITとドローンの戦闘においては一般人も巻き込むとか、様々な対応をしてきました。例えばロシアって今回補給が全くダメでしたけれど、その理由の一つに、ウクライナのサイバー攻撃で、ベラルーシの鉄道を止めて、物資が届くのを2日間ぐらい遅らせたということもありました。それなのに、ロシアは2014年から成長がほとんど見られない。ハイブリッド戦争を有利に戦うには、最先端の技術も必要だということですよね」
ウクライナ側が、ハイブリッド戦争において、大きな成功を収めているのは間違いなく(それは国際的な支援を取り付けるための情報戦略も含まれるだろう)、それによってなんとか戦線を膠着状態に持ち込んでいる。しかし、勝利するには至らない。実際には、両軍とも多くの人命が失われる戦闘を続けている。非正規戦で決着がつかない以上、「最終的には陸軍の戦い」となって、命を損耗するのが、今も変わらない戦争なのだと廣瀬さんは強調した。
つづく
おすすめ関連書籍
冷戦時代に、ソ連はとてつもなく詳細な世界地図を作っていた!いまだ秘されたままの地図の制作過程と意図を読み解いていく。日本版には特別に、ソ連製地図の東京(1966年版)を抜粋収録! 〔電子版あり〕
定価:2,585円(税込)
廣瀬陽子(ひろせ ようこ)
1972年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。博士(政策・メディア)。専門は国際政治、紛争・平和研究、旧ソ連地域研究(特にコーカサス)。1995年、慶應義塾大学総合政策学部卒業後、2001年、東京大学法学政治学研究科大学院を単位取得退学。2000~01年には国連大学秋野フェローとしてアゼルバイジャンに留学し、特にナゴルノ・カラバフ紛争に焦点を当てた調査を行った。主な著書に『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』(講談社現代新書)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、毎日新聞社とアジア調査会が共催するアジア・太平洋賞特別賞を2009年に受賞した『コーカサス 国際関係の十字路』(集英社新書)、主な編著書に『アゼルバイジャンを知るための67章』『コーカサスを知るための60章』(明石書店)などがある。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER、集英社文庫)など。幼なじみの科学記者とゲノム研究者が江戸時代の日本に来たドードーの足跡と謎を追う旅に出る『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で新田次郎文学賞を受賞。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「色覚の進化」から派生した『「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)など。近著は、近代以降に絶滅した動物たちとヒトとの関わりを掘り下げた『おしゃべりな絶滅動物たち──会えそうで会えなかった生きものと語る未来』。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「@Rsider」を配信中。





