第6回 ウクライナ侵攻の伏線、欧米が関与した旧ソ連の「民主化」と「ハイブリッド戦争」
このあたりには、現在、ロシアのお家芸のように語られる「ハイブリッド戦争」の要素が感じられてならない。ハイブリッド戦争とは、情報戦、サイバー戦、非正規戦などを組み合わせて、『軍事的な全面戦争』に至る前に要求をのませたり、戦闘が避けられない場合も、それを有利に運ぶ現代的な戦争の形態を指す。バラ革命も、オレンジ革命も、抗議運動からほぼ「無血」で実現したもので、リアルな「戦争」には至らなかった。その一方で、情報戦の面ではかなりのことが行われた形跡がある。また、「革命」のノウハウを、海外のNGOや政権の梃子入れで「輸出」するというのは、内政干渉と言われても仕方がない部分があるだろう。
「結構、節操ない手段で欧米も関与しているんですよ。例えばオレンジ革命のときも、わたしのアゼルバイジャン人の知人で、お母さんがウクライナ人の人がいて、やっぱりウクライナ語も上手なので、2004年、米国にリクルートされたと言っていましたね。キーウ(キエフ)に豪華なマンションを買ってもらって、そこを拠点に諜報活動をやって、情報をアメリカに伝えたり、アメリカからの情報をウクライナの活動家に伝えていたそうです」
ロシアが、内政に干渉する手段として、いわゆる「政治技術者」を送り込むのはよく知られた手法だが、それに相当することは、欧米側もしているという見立てだ。ロシア側は、さらに、ネットインフラへのサイバー攻撃や、情報戦、民間軍事会社を使って非正規戦を行わせ、状況を有利にお膳立てするなど、ありとあらゆる手法を組み合わせた「ハイブリッド戦争」を成熟させた。
「ハイブリッド戦争」が最も成功した事例として挙げられるのが、2014年のロシアによるクリミア併合だという。2008年のロシア・ジョージア戦争の記憶が薄れた頃、また国際社会に大きな衝撃が走ることになったわけだが、まず、そこに至るまでの流れとして、廣瀬さんはこのように素描した。
「2014年3月、ロシアによるクリミア併合が起きるまで、ロシアはプロービング(『探りを入れる』の意)、つまり低強度の様々な攻撃をして、それによってどれくらいの反応が起きてくるかを見て、自分たちがやることと反応のコストパフォーマンスで最大利得を得るような動きをしていたと思います。2008年のときは、ジョージアが宣戦布告をしたとはいえ、最終的にはロシアに都合のいい形で終わったわけですよね。欧米は、その後、ロシアを厳しく咎めなかった。特に米国は、2009年にオバマ大統領が誕生すると、『リセット』を呼びかけ、これまでの米ロ間の問題はなかったことにしましょうと言いました。これは、ジョージアでやったこともなかったことにできるという、間違ったインフォメーションになったと思うんですよ」
そして、2014年。まず、ウクライナの首都キーウ(キエフ)での「マイダン革命」で、ロシア側に接近しつつあったヤヌコビッチ大統領が失脚する欧米志向の事件があった。一方、ウクライナの中でも多くのロシア人が住むクリミアでは、2014年2月27日から28日にかけて、軍隊章をつけていない親ロシアの武装集団、いわゆる「リトル・グリーン・メン」が侵攻、地方政府庁舎と議会を占拠して、親ロシア政権を誕生させた。3月11日にはウクライナからの独立宣言を採択、3月16日には住民投票を実施、即日開票の結果、ロシアへの編入賛成が実に96.77%ともなる圧倒的多数の賛成を得た。なお「リトル・グリーン・メン」がロシアの特殊部隊だったことは、クリミア併合後にプーチン大統領自身が認めた。非正規戦を取り入れた「ハイブリッド戦争」において、この時点で、ロシアは鮮やかな成功を収めた。本格的な戦争には至らず、大きな人的な損害を出すこともなく、これだけのことを「成し遂げた」のだから。
もっとも、廣瀬さんは、「ハイブリッド戦争」について、あまり過大な幻想を持つべきではないという立場のようだ。
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