怒り方のパワハラにならないコツ|感情と指導の使い分け術
部下指導とパワハラの境界線はどこにある?
「最近の若手は指導するとすぐにパワハラと言う」「怒り方がわからなくなった」と感じている管理職の方は多いのではないでしょうか。
職場での指導において、厳しく叱ることは時に必要です。しかし、その線引きが曖昧なために、多くの管理職が部下への指導に躊躇してしまう現状があります。実際、管理職のコミュニケーションについてのお悩みが増えており、その中でも「管理職がメンバーに"配慮"し、部下指導ができない」という課題が目立っています。
では、どこからがパワハラになるのでしょうか?
パワーハラスメントとは、「職務上優位的な地位または立場にある社員が、ほかの社員に対して、通常の業務における指導や指示の範囲を超えて精神的または肉体的な苦痛をともなう行為におよぶこと」を指します。
一方で、適切な指導とは「相手を正しい方向に導き成長を促す」という明確な目的があります。この違いを理解することが、効果的な部下育成の第一歩となるのです。
「叱る」と「怒る」の決定的な違い
部下指導において最も重要なのは、「叱る」と「怒る」の違いを明確に理解することです。
「叱る」には、相手を正しい方向に導き成長を促すという目的があります。相手の"できていない点"や"改善すべき点"を指摘し、今後に活かして成長してもらいたいと思って叱ります。ですので「叱る」という行為は、叱る側と叱られる側の相互理解がないと成立しません。
一方で「怒る」には目的がなく、ただ自分の感情をぶつけるだけの行為です。簡単に言ってしまうと、怒りを爆発させてスッキリしたいだけなので、相手の理解は必要ありません。自分のために怒ります。
また、「叱る」という行為は、公の立場から発せられます。これは、経営者や管理職からの強い価値観の表明であるといえます。この価値観から発せられるメッセージは、社員にとって「何が大事」かを強く伝えることを意味します。
公の立場から発せられる「叱る」に込められたメッセージは、企業の強みの根幹になる首尾一貫した"価値観の習慣"(企業文化)となり、社員の考え方や行動に大きな影響を及ぼします。
「怒る」は私の立場から発せられます。これが続くと社員は委縮したり反発し、個人や組織に対してマイナスの影響が生まれます。
皆さんの職場にも、「叱りたいけど後で何を言われるか分からないから叱れない」「個人を尊重しないといけないので、どこまで正していいか分からない」といった理由で、「ものわかりのいい上司」になってしまっている方がいるのではないでしょうか。
パワハラと指導の明確な線引き
パワハラと指導の違いを理解するためには、具体的な線引きを知ることが大切です。
パワハラは、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されるもの、と労働施策総合推進法で定義されています。
では、具体的にどのような行為がパワハラに該当するのでしょうか?厚生労働省はパワハラを6つの類型に分類しています。
身体的な攻撃(暴行・傷害)
精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制)
過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
一方、適切な指導とは、業務上の必要性に基づいて行われる合理的な範囲内の行為です。例えば、業務上のミスを指摘する、改善点を伝える、会社のルールやマナーを守るよう注意するといった行為は、適切な方法で行われる限り、正当な指導と言えます。
パワハラと指導の境界線を見極めるためのポイントは、以下の3つです。
目的の明確さ:指導には「相手の成長」という明確な目的があります。一方、パワハラは感情的な発散や相手を貶めることが目的になっています。
方法の適切さ:指導は相手の人格を尊重し、具体的な行動や結果に対して行われます。パワハラは人格を否定したり、感情的な言葉で相手を傷つけます。
場の選択:適切な指導は、原則として他の社員の前で恥をかかせるような「公開説教」は避け、プライバシーに配慮します。
これらのポイントを意識することで、パワハラと指導の境界線をより明確に理解できるようになります。
アンガーマネジメントで感情をコントロールする
部下指導において怒りの感情をコントロールすることは非常に重要です。
アンガーマネジメントとは、怒りをコントロールするための心理トレーニングで、パワハラ防止策として企業からも注目を集めています。部下の成長を支えながら、信頼関係を築くうえでも役立つスキルです。
「怒らないようにする」ことが目的ではなく、怒るべきときは適切に怒り、不必要な怒りは手放すという「感情のマネジメント力」が求められます。
人が怒るメカニズムは、ライターに例えることができます。ライターは、燃料として入っている可燃性のガスに、着火操作の摩擦で起きる小さな火花が引火することで火がつきます。
人間の怒りも同様に、「怒りの感情(燃料)」と「引き金となる出来事(着火操作)」の2つの要素から成り立っています。つまり、怒りの感情自体をなくすことはできませんが、引き金となる考え方をコントロールすることで、怒りの爆発を防ぐことができるのです。
アンガーマネジメントの実践方法として、以下の3つのステップが効果的です。
1. 6秒ルールを実践する
怒りを感じたら、まず6秒間何もしないことを心がけましょう。怒りのピークは6秒で過ぎると言われています。この間に深呼吸をしたり、心の中で数を数えたりすることで、冷静さを取り戻すことができます。
例えば、部下がミスを繰り返したときに怒りを感じたら、すぐに叱責するのではなく、「1、2、3...」と心の中で数えながら6秒間待ちましょう。その後、冷静になってから対応することで、感情的にならずに適切な指導ができます。
2. 怒りの根本原因を特定する
怒りを感じたとき、その根本にある原因を特定することが重要です。「なぜ自分はこんなに怒っているのか?」と自問自答してみましょう。
たとえば、部下の遅刻に対して強い怒りを感じる場合、それは単に時間を守らないことへの怒りなのか、それとも「自分の指導が軽視されている」という感覚からくる怒りなのかを区別することが大切です。根本原因を理解することで、より適切な対応ができるようになります。
3. 感情と行動を分離する
怒りの感情を持つことと、怒りの行動に出ることは別物です。感情をコントロールするのは難しくても、行動をコントロールすることは可能です。
怒りを感じても、それを建設的な方法で表現する練習をしましょう。例えば「あなたはいつも遅刻する」という人格否定ではなく、「遅刻が続くと業務に支障が出るので改善してほしい」というように、具体的な行動に焦点を当てた表現に変えることができます。
パワハラにならない効果的な叱り方の具体例
では、実際にパワハラにならない効果的な叱り方とはどのようなものでしょうか?具体例を見ていきましょう。
効果的な叱り方のポイントは、「行動」を叱り、「人格」を否定しないことです。
1. 事実に基づいて具体的に伝える
曖昧な表現や感情的な言葉ではなく、具体的な事実に基づいて伝えることが重要です。
NG例:「いつもミスばかりして、全然成長していないね」
OK例:「先週提出した報告書で、3か所数字の誤りがありました。お客様に正確な情報を提供するためにも、提出前にもう一度確認する習慣をつけましょう」
このように、具体的な事実を伝え、なぜそれが問題なのか、どうすれば改善できるのかまで伝えることで、相手は何をすべきかを明確に理解できます。
2. 適切な場所と時間を選ぶ
叱る際は、他の社員の前ではなく、プライバシーが確保された場所で行いましょう。また、タイミングも重要です。
NG例:朝礼で全員の前で「昨日の〇〇さんの対応は最悪でしたね」と言う
OK例:個室や人のいない会議室に呼んで「昨日の〇〇様への対応について話し合いたいことがあります」と切り出す
公開叱責は相手の自尊心を傷つけるだけでなく、職場の雰囲気も悪くします。適切な場所と時間を選ぶことで、相手も素直に受け入れやすくなります。
3. 感情ではなく目的を伝える
叱る際は、自分の感情を前面に出すのではなく、なぜそれを指摘するのかという目的を明確に伝えましょう。
NG例:「こんな簡単なことができないなんて、本当にイライラする!」
OK例:「このプロセスを正確に行うことで、後工程の効率が上がり、チーム全体の成果につながります。そのために、ここは特に注意してほしいポイントです」
目的を明確に伝えることで、「なぜそれが重要なのか」を理解してもらい、改善への意欲を高めることができます。
4. 改善点と期待を伝える
問題点を指摘するだけでなく、どう改善してほしいのか、どんな成長を期待しているのかを伝えましょう。
NG例:「もっとしっかりしなさい」
OK例:「次回からは、提出前にこのチェックリストを使って確認してみてください。あなたの細かい気配りは他の業務で発揮されているので、ここでもその強みを活かせると思います」
具体的な改善方法と期待を伝えることで、相手は前向きに取り組むことができます。また、強みにも言及することで、モチベーションを保ちながら改善に取り組めます。
1on1面談を活用した効果的なフィードバック
日常的なコミュニケーションの場として、1on1面談を活用することも効果的です。
1on1面談とは、上司と部下が定期的に行う個別面談のことで、業務の進捗確認だけでなく、部下の成長支援や信頼関係構築に役立ちます。
特に、「叱る」という行為を効果的に行うためには、日頃からの信頼関係が不可欠です。1on1面談を通じて定期的にコミュニケーションを取ることで、いざ叱る場面が来たときにも、相手は「自分のことを考えてくれている」と受け止めやすくなります。
1on1面談でのフィードバックのポイントは以下の通りです。
1. 定期的に実施する
月に1回など、定期的に実施することで、小さな問題が大きくなる前に対処できます。また、定期的に実施することで、「何か問題があるから呼ばれた」という緊張感も軽減されます。
2. 双方向のコミュニケーションを心がける
上司からの一方的な指示や評価ではなく、部下の意見や感じていることをしっかり聞く時間を設けましょう。「最近の業務で困っていることはある?」「もっとこうしたほうがやりやすいということはある?」など、部下が話しやすい質問を投げかけることが大切です。
3. 良い点と改善点をバランスよく伝える
改善点だけを伝えると、部下は萎縮してしまいます。まずは良い点や評価している点を具体的に伝え、その上で改善してほしい点を伝えるようにしましょう。例えば「先日のプレゼンは、資料がとても分かりやすくまとまっていて良かった。次回は、もう少し声の大きさに気をつけるともっと良くなると思う」といった伝え方です。
4. 具体的な行動計画を一緒に考える
改善点を伝えたら、どうすれば改善できるのかを一緒に考えましょう。「次回までに〇〇を試してみよう」「こういうアプローチはどうだろう」など、具体的な行動計画を立てることで、部下は何をすべきかが明確になります。
1on1面談を通じて日頃からコミュニケーションを取ることで、いざ叱る場面が来たときにも、お互いの信頼関係に基づいた建設的な対話ができるようになります。
組織全体でハラスメント防止に取り組むには
個人のスキルアップだけでなく、組織全体でハラスメント防止に取り組むことも重要です。
ハラスメント防止は、2019年の労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、および育児・介護休業法の改正により、事業主の義務となっています。組織として以下の取り組みを行うことで、ハラスメントのない健全な職場環境を作ることができます。
1. 明確なハラスメント防止方針の策定と周知
会社としてハラスメントを許さないという方針を明確にし、全社員に周知することが大切です。方針には、ハラスメントの定義、禁止される行為の具体例、違反した場合の措置などを含めましょう。
2. 定期的な研修の実施
管理職だけでなく、全社員を対象としたハラスメント防止研修を定期的に実施しましょう。研修では、ハラスメントの定義や具体例、適切なコミュニケーション方法などを学ぶ機会を提供します。
特に管理職向けには、「叱り方」「フィードバックの仕方」「1on1面談の進め方」などのスキルトレーニングを含めると効果的です。
3. 相談窓口の設置と周知
ハラスメントの被害を受けた場合や、悩みがある場合に相談できる窓口を設置し、その存在を全社員に周知しましょう。相談窓口は、社内だけでなく、外部の専門機関に委託するという方法もあります。
4. 心理的安全性の高い職場づくり
「心理的安全性」とは、「チームの中で、対人リスクを取っても大丈夫だという信念を、チームメンバーが共有している状態」を指します。つまり、失敗や質問、意見の相違を恐れずに発言できる環境のことです。
心理的安全性の高い職場では、部下も上司に対して率直に意見を言えるため、コミュニケーションが活性化し、ハラスメントのリスクも低減します。
心理的安全性を高めるためには、上司自身が失敗を認める姿勢を見せたり、部下の意見を尊重したり、「分からないことは質問して当然」という文化を作ることが大切です。
まとめ:感情と指導を使い分け、効果的な部下育成を
部下指導において「叱る」ことは重要なスキルですが、パワハラにならないよう適切な方法で行うことが求められます。
「叱る」と「怒る」の違いを理解し、感情をコントロールしながら、相手の成長を目的とした指導を心がけましょう。具体的には、事実に基づいて具体的に伝える、適切な場所と時間を選ぶ、感情ではなく目的を伝える、改善点と期待を伝えるといったポイントを押さえることが大切です。
また、1on1面談を活用して日頃からコミュニケーションを取ることで、信頼関係を構築し、効果的なフィードバックができる土台を作りましょう。
組織全体としても、明確なハラスメント防止方針の策定と周知、定期的な研修の実施、相談窓口の設置と周知、心理的安全性の高い職場づくりに取り組むことで、ハラスメントのない健全な職場環境を作ることができます。
感情と指導を適切に使い分けることで、部下の成長を促しながら、信頼関係に基づいた強いチームを作っていきましょう。
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感情論ではなく、実務に落ちる仕組みづくり(規程整備、相談窓口、研修、初動対応)を、現場の負担と予算感に合わせて設計します。
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