(フォーラム)「女子枠」と向き合う:2 成長

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 理工系の大学で学ぶ女性を増やす目的で広がる女子枠入試。導入することで、なにが変わるのでしょうか。入試の難易度や志願状況は。この制度を利用した生徒の入学後の成長は――。高校、予備校、大学それぞれの立場でかかわる教育関係者に話を聞きました。

 ■やりたいこと追える環境を、思い込み是正 約5割が理系に進学、フェリス女学院中学校・高校

 大学で女子枠を設ける動きが広がるなか、理系を志望する女子の割合が高い高校も目立ち始めた。卒業生の約5割が理系に進むフェリス女学院中学校・高等学校(横浜市)の阿部素子校長は、「生徒自身が自分の興味関心を追究する姿勢がある」と話す。

 「生徒の進路について『こうした方がいい』と誘導することもないし、あえて理系の卒業生を増やしたいと考えているわけでもない。自分はどういうことで生きていきたいか、生徒自ら考える環境があるということだと思います」

 大事にしているのは、生徒自身がやりたいことを見つけて学んでいくこと。理系文系のコース別クラス編成をせずに多角的な見方ができるような環境づくりをし、理系の技術と実生活のつながりを実感できるような探究的授業を展開する。文理問わず興味や好きなことを生かし、世の中を良く変えていこうという使命感や志を見つけて進路を決める生徒が多い。

 高校2年では情報や数学の授業で学んできたことを発展させ、身近な課題の解決に取り組む。ペットの死をきっかけに「食事量と散歩時間からペットの健康管理をするプログラム」を作ったり、「ハモる」ための音階の分析をしたり。歴史と数学に興味のある生徒は「和算」の発表をした。「自分の好きなことを自由に学ぶことができている。数学部の部長が文系に進んだこともありました」と阿部校長は言う。

 「仮に失敗しても、『自分が選んだ道だから』と納得できて、最後は何とかなる。そんなタフさも持っています」

 年に数回、大学生や社会人の卒業生に話を聞いてロールモデルを知ってもらうことも、大切にしている活動の一つだ。生徒の興味関心に応えられるよう、多様な進路の卒業生に依頼する。今年の9月には、コンクリートの研究をしている先輩を招いた。この卒業生は在学中、英語の授業で途上国の子どもの「水くみの負担」について学び、現状を変えるため土木環境工学の道に進んだという。「色々な仕事に就いている人と出会うことで、『こんなことは無理』と決めつけず、自分も役に立てると気付いて欲しい」

 女子枠を利用し、東京科学大をはじめとした理系の大学に進学する生徒もいる。「現状では男女のバランスが崩れている。理工系に女性が進んで、働き方のバランスや社会のあり方が変わっていけばいい。アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を是正して女性が学びやすい環境を整える措置は、暫定的には必要だと考えます」(関口佳代子)

 ■「育てたい」のメッセージ/医療系志望減り理工農へ 受験業界の分析は

 理工系学部の女子枠入試について、受験業界ではどのように受け止められているのか。河合塾教育研究開発本部の近藤治・主席研究員に聞いた。

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 女子枠は推薦型や総合型選抜のケースが多く、その中では公平性は担保されていると考えています。例えば北海道などの大学の医学部医学科では受験生の居住地を限定した地域枠入試がある。地元の受験生が地域にとどまって医師になることを期待した制度です。

 地域医療を担う人材が少ないように、理工系の分野ではまだ女性の活躍の場が少ない。メーカーや研究機関などで活躍する女性を育成したいという狙いは、医学科の地域枠入試と似たメッセージ性があると感じます。

 理系の受験生のうち女子は2~3割で、医療系になると4割ほどを占めます。女子は資格を取得する志向が強いと言われていますが、過去5年の模擬試験を分析すると、薬学や看護学、家政学系を志願する女子が減り、理学や工学、農学系にシフトしています。

 女子の進路選択が多様化し始めたタイミングでコロナ禍を機に外国語系や国際系が敬遠されがちになり、それに少し遅れて女子枠の広がりが出てきたことで注目が集まったことも理由でしょう。理工系の大卒生の就職状況がよいことも影響しているとみられます。

 基本的には、第1志望を女子枠で受験し、合格すれば入学するケースが多いようです。5年、10年後に企業や研究機関で活躍し、ロールモデルになれば、同じ進路を希望する女子の意欲向上につながるでしょう。

 この先、数年は女子枠を設ける大学が増えると見ています。しかし、入学後の成長に結びつかなければ、大学によっては入試のコストや手間を考慮し、取りやめる判断が出てくる可能性もあります。女子枠で入学した学生の在学中や卒業後の活躍について、大学側が発信することも必要なのではないかと思います。(聞き手・前田伸也)

 ■大学側「入学、厳格に判断」 男子学生の刺激に、成績同等

 女子枠入試への批判のなかには、「ゲタを履かせているのでは」という意見もある。女子学生を選抜し、育成している大学側は「求める水準に達していなければ入学できない」と反論する。

 千葉大では2025年度入試で女子枠に24人が志願したが、合格者は12人で定員の15人を下回った。1次試験は15人以上が通過したが、大学入学共通テストの指定教科・科目の総得点がおおむね7割に達するという基準をクリアできなかったからだ。大学のカリキュラムを履修するうえで必要な基礎学力を担保するためといい、「教育の質と選抜の公平性や透明性を重視した判断」と担当者は説明する。

 24年度入学者から女子枠を始めた東京理科大では、2年連続で募集人数の48人を志願者数が下回ったが、1年目の合格者は25人(志願者39人)、2年目も28人(志願者45人)とさらに絞った。

 面接や書類審査、口頭試問を実施し、意欲や志望動機などを見極めるほか、理科に関する基礎知識を測る。入試担当の井手本康副学長は「入った後は実力主義になるので、特別扱いせず厳格に判断しています。本人の自信にもなるし、男子も納得できる」と話す。

 女子学生の比率は増加傾向で、25年度は27%。女子枠を始めてからはさらに女子が増え、新入生は23年度から24年度に4ポイント増えて29%、25年度も28%だった。女子学生が発言しやすくなり、コツコツ取り組む姿勢を見せているので、男子学生にも刺激になっているとみている。「大学側が女子学生を歓迎していることを示せている。一般の女子学生の比率も上がり、制度がうまく回っています」

 入学者の検証を続けているが、学業成績(GPA)や留年率は他の学生と変わらず、成績優秀な学生もいる。1年生の時に成績が良い生徒は、4年時の成績も良い傾向があり、研究にも期待がかかる。「将来の目標、志や夢を持って入ることは、成長につながります。やりたいことを明確にし、将来的に自己実現して欲しい。保護者も本人の希望をアシストしてもらえたら」(関口佳代子、前田伸也)

 ■適性に性差ない/対策、小学生から

 アンケートでは、大学の理工系の学部に「女子枠」を設けることについて、「試験の公平性が失われる」とする回答が過半数にのぼりました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/232/で読むことができます。

 ●今の制度でいい 今までの極めて公平な入試制度で問題ない。女子を増やしたいのであれば、今の定員枠とは別に定員を設けるべきだと思います。(大阪、女性、50代)

 ●教員と保護者の思い込み そもそも女子が理系を選べない、選ばない中学や高校の現状を改善すべきだ。教員も保護者も女子は理系に向かないと思い込んでいる。実際に生徒を見ていると性差は感じない。(東京、男性、50代)

 ●企業も女性活用を 50年前は理工系の大卒女性は極めて少なく就職はままならず、米国の大学院に留学し就職。女子枠を作るより、技術職や研究職に就きたい、と思えるよう機会をつくること。企業は女性技術者の潜在能力を知り、活用すべきだと思います。(海外、女性、70代)

 ●社会全体の意識変えて 大学だけではなく、社会全体の意識変革につながることを期待します。さらに様々な施策を通じて、小学校高学年から始まる理科離れの解消を目指すべきでしょう。(山梨、男性、70代)

 ●研究者の意識も 研究を続けている友人も、産後や育児中、不妊治療中に大学側の配慮が無く、いつか倒れるのではないかと思うような生活をしています。博士課程、研究者としての道筋を進めるように、先輩研究者たちの意識が変わることを願います。(岡山、女性、50代)

 ■《取材後記》高1で文理選択、その前に工夫は

 女子枠は、公平性の点で議論を呼んでいる。だが、理工系の大学・大学院生に占める女性の割合は他分野と比べて明らかに低く、その比率を上げる目標を掲げること自体に反対する声は少ない。

 であれば、大学入試を意識する時期よりももっと前にさかのぼって女性が理工系で学ぶ動機づけをすればいいのでは、との思いが、取材を通して強まった。

 高校1年生の後半に文理を選択するケースが多いが、その1年前はまだ中学生だ。その時期まで裾野を広げる工夫はないだろうか。理工系での学びの輪郭をたどり、女性が活躍するイメージが湧くような仕掛けをすれば、女子枠入試というトップダウン型の入り口を用意する必要はなくなるかもしれないと想像する。(前田伸也)

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 まえだ・しんや 子ども2人の受験はまだ先だが、入試間近にそわそわする自身の姿を思い浮かべ、今から心を落ち着かせる練習をしている。

 ◇アンケート「友達がいない?」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で実施しています。

 ◇次回12月14日は「消防団を考える」を掲載します。

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