ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた   作:ラトソル

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タンスの角に小指ぶつけたみたいな顔見せてよぉ

「廻」

 

 アビドスの町を歩く。

 同級生と、後輩4人。その背中を見ながら歩く男に、隣から掛かった声。

 

 廻は、その声を辿るように隣を見やる。

 

「なに、兄さん」

 

 廻に兄と呼ばれたその大人。

 スーツを着た、引率の先生のような……いや、実際に先生である彼は、廻とはあまり特徴が合わないほどに似ていない。

 

 その声だけは、重なる点はあるだろう。

 

 先生は、人懐っこい柔らかな表情で廻に顔を向ける。その手には、一枚のタブレット端末が握られていた。

 

「廻は彼女とか作らないの?」

 

「「!!!」」

 

「弟にそんなん聞くなよ気色悪い」

 

 あっけらかんと放たれた言葉。兄からの質問に、廻はドン引きしたように顔を歪ませて先生から一歩距離をとる。そんな対応を受けて、先生は笑いながら「ごめんごめん」と適当な言葉を送る。

 

 前を歩く女生徒達の中で数名、肩を揺らしてから耳に神経を注いでいる人がいたようだが。

 

「あ。もしかしてもういるの?」

 

「だから聞くなっての。身内にそんな話する訳ねぇだろ」

 

「図星かぁ! いいねいいね。相手は私も知ってる人?」

 

「居ないって。居ても言わないし」

 

 だる、と呟き視線を逸らす弟に加虐心を芽生えさせた先生は、しかしこれ以上は本格的に機嫌を損ねてしまうと追求を諦める。

 

「アビドスの子達、ヒナ……仲良い子いっぱいいるでしょ」

 

「『追求を諦める』っていうナレーションどこいった? っていうか少ないな」

 

 指を折りながら生徒の名前を口にする兄にげんなりする廻。前を歩く五人の少女達の会話は既に止まっているようだ。

 

 渋々、といった様子で廻はため息を吐く。

 

「別に仲良いって言うか、話すだけだし……聖園はグイグイ来るけど」

 

「聖園?」

 

『トリニティのティーパーティに所属している生徒です。あの子達に迫られてオドオドしてるメグルは見てて面白いですよ』

 

「お前まじ黙ってろ」

 

「A.R.O.N.A……」

 

『事実を言っただけです、先生』

 

 先生が抱えるタブレット端末から発せられる声。

 それは、先生と廻の二人にだけ聞こえるもの。

 

 ピキっ、と苛立ちを含んだ声を出す廻と、またこの流れだよと嘆息する先生。

 

「そもそも俺があいつらと話す時にお前居ないだろ。知ったように言うんじゃねぇよ引きこもり」

 

『廻のスマホからいつでも見れるので。プライバシー? 何それ美味しいんですか?』

 

「そのタブレットって売ったら高そうじゃね?」

 

「売らないよ!?」

 

 本気でそのタブレットを捨て去る気配を察知した先生は胸に抱き抱えるようにタブレットを両手で持つ。

 

「A.R.O.N.Aも、あまり廻を揶揄うんじゃないよ」

 

『はい。ほら、廻も謝って』

 

「どの立場で言ってんのお前怖いんだけど」

 

 カツカツ、と七人の足音が響く世界。

 話し声の他に聞こえてきた電子音とバイブ。

 

 自身の右ポケットから震えと音を捉えた廻はポケットに手を差し込みスマホを取り出す。

 電話ではなく通知を知らせるソレを受けて、画面を開き何が届いたのかを確認した廻は、深く、深く息を吐き、スマホを再度ポケットに戻した。

 

 その様子を見て、どうしたのかと先生が問う。

 

「ちょっと出てくる」

 

「どーしたのー?」

 

 前を歩くホシノが振り返りながらそう聞くと、廻は後ろ髪を掻きながらホシノ達を見る。

 

「あー……アホからSOSが来たから迎えに行くだけだよ」

 

「…………へぇ」

 

 あ、女の子だ。絶対そうだ。

 先生を除く、アビドス生五人の思考がシンクロした瞬間だった。

 

「はぁ……マジでペロロ禁止にしてやろうかな」

 

 腰に携えた刀に触れながら、廻は強く地面を踏みしめて飛び立つ。

 

 青い、澄み渡った青空を背景に、彼の姿が小さくなっていく。

 

 世界に溶け込むように。

 

 いずれ崩壊する世界であろうとも、今はまだ、美しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

「アツコ……ッ」

 

「サオリ……」

 

 勝敗は決した。

 

 ベアトリーチェの策は万丈のものであった。負けるはずのない勢力差を見せつけた。

 

 イレギュラーが居なければ、確実にベアトリーチェに軍配が上がっていた。

 

 そう、認識が甘かったと言うべき。

 

「怪我は……平気か!!」

 

「うん。治して、もらったから」

 

「治す……?」

 

 ■■廻は、ゲマトリアに害をなすことは有り得ない、と。

 

 半分正解で、半分が間違いなその認識。

 ベアトリーチェの企みは、最初から破綻していた。

 

 前提条件から詰んでいた。

 

「バルバラが負けた……? 有り得ないッ、あってたまるものか!!」

 

 余裕の笑みなどとうに消えている。

 這い蹲る虫を上から眺めて嗤っていたベアトリーチェは、今では膝を付き手を付き、指を地面に突き立てる勢いで己の失策を否定する。

 

「終わりだ、ベアトリーチェ」

 

 生徒に向けるものとは全く違う。冷めた瞳は鋭く突き刺さるように、その存在を突き放すように。

 立場が完全にひっくり返ったこの状況。先生は奥の手を使うこと無く、ベアトリーチェを打破してのけた。

 

 勝者からの申告。終わりの再確認。

 それを受けてなお、ベアトリーチェは敗北という事象を否定する。

 

 脳裏に浮かぶ、一人の男。

 

「なぜだ……なぜなぜなぜなぜ……何故なのです!! お前は我らの側でしょう!? 何故裏切った、何故救った!?」

 

 ここにはいない男へと向けられた怨念。

 事情を知らない先生達は、ベアトリーチェの激昂に僅かに警戒を構える。

 

 ただ一人、アツコだけはその姿を冷静に見つめていた。

 

「なん■のですか、■前は────■■■■■……!?」

 

 ザザっ、と。

 ベアトリーチェの発言にノイズのようなモヤがかかり、言葉が聞き取れない。

 

 バグのように、意図的に切り取られたかのように。自然界の音とは到底思えないそれは、ベアトリーチェ自身すら目を見開き、混乱を見せる。

 

ソレ(ネタバレ)は野暮というものですよ……ベアトリーチェ」

 

「……!!」

 

 音もなく、気配もなく、それは突然現れる。

 

 丁寧で聞き取りやすい抑揚。

 敬意を込めた言葉を発する存在は、果たしてどちらなのか。

 

 顔の無い、首からモヤが溢れる存在と、それが抱える肖像画。

 

 異形と呼ぶべき彼等は、先生の目から見るに明らか、ゲマトリアの所属。

 

「無様に負けましたね、ベアトリーチェ」

 

「ゴルコンダ……!!」

 

 ベアトリーチェが睨みながら、その人物の名を口にする。

 それは、恐らく、ステッキをつく顔の無い存在ではなく、抱える肖像画に向けられた言葉だろう。

 

 ゴルコンダと呼ばれた存在は、振り返ることなく言葉を発する。

 

「驚かせてしまいましたか。申し訳ございません、私はゲマトリアのゴルコンダと申します……挨拶は省略するとしましょう。もしかしたら私たちは、以前お会いしたかも知れませんから」

 

 ベアトリーチェ同様の異質な存在。

 奇妙なオーラに、サオリ達含め、その場から動くことは叶わない。

 

「ゴルコンダ……これは契約違反ですよ。私のなす事に介入するなと言ったはずです」

 

「契約違反はそちらが先ですよベアトリーチェ。黒服の言葉を忘れたのですか?」

 

 同族、同志。そんな言葉が当てはまるであろう二人はこの空気に呑まれることなく言葉の応酬を続ける。

 ベアトリーチェの言葉に怯むことなく、ゴルコンダはベアトリーチェの失策を浮き彫りにさせる。

 

「これが『あなたの物語』とでも思っていたのですか? いえ、いいえ。これは、『彼の物語』なのですよ」

 

 ゴルコンダの本体であろう写真は動くことが無い。

 しかし、先生は、誰かの後頭部しか写っていないはずのそれと、目が合ったような錯覚を覚えた。

 

 歯軋りをするベアトリーチェに、ゴルコンダはさらに捲し立てる。

 

「前提から貴女の認識は破綻している。ゲマトリアに対して害をなさないからと、カイさんを脅威から除外しましたね?」

 

「ッ……」

 

「否。断じて否です、ベアトリーチェ。カイさんが身を預けている相手は、我らゲマトリアでは無い────黒服です」

 

 悲劇の女王のように。はたまた、因果応報を受けた悪役令嬢のように。

 

 ベアトリーチェは立ち上がることも出来ず、爪を地面に突き立てるばかり。

 

「カイ……黒服……ッ」

 

 そして、完全な第三者となっている先生は、会話の中に出てきた人物名に眉を顰める。

 

 先生が思い浮かべるは、造形の掴めない存在。

 

 ホシノとヒナという各学校最強格の生徒二人を同時に相手取り、無傷で完封した規格外。

 それと同時に、唯一無二の弟を貶した────

 

「面白い格好してるじゃないですか、ベアトリーチェさん」

 

「……ッ」

 

「噂をすれば、というやつですか」

 

 モヤだ。黒いモヤがそこに居る。

 前に見た時よりも、人の形をしている。脚がわかる、腕が分かる、顔のようなものがわかる。

 

 変わらないのは、奇妙な仮面。そして、耐え難き、嫌悪感。

 

 決して相容れないという、生物としての本能が鳴り響く。

 

「■■■■■……チッ……カイ」

 

「這いつくばりながら舌打ちするのも様になってますよ。写真撮りましょうか?」

 

「最高品質のレンズを用意致しましょう」

 

 ベアトリーチェの前で中腰になり、目線は常に上から見下ろすようにして、カイはベアトリーチェを煽るような文言を綴る。

 わざとらしいゴルコンダの同調に、ベアトリーチェは苦汁を飲むような顔で睨みつける。

 

 恐怖の象徴であり絶対君主であったベアトリーチェの姿に唖然とするサオリ達。カイはベアトリーチェの睨みを真正面から受け、軽く跳ねのけてただ笑う。

 

「ベアトリーチェさんって、パッと見裏ボス感強いけど実際に戦ったらクソ小物臭がやっばい的な立ち位置じゃないですか」

 

 舐めた言葉選び。ふざけた口調。

 

 その全てが、先生には不気味に写った。

 

「眼が多いから負けるんですよ。黒服さんを見習ってくださいね。あの人ほぼ一目ですから。数じゃなくて質って話なんだね」

 

「巫山戯たことを────」

 

「ベアトリーチェ」

 

「……」

 

 アツコの安心しきった顔に、意識が向かないほどに。

 

 先生の意識は一人の存在に向けられていた。

 

 ふつふつと煮え滾る感情。今は小さなそれは、しかし着実に勢いを増していく。

 

「お久しぶりですね、カイさん」

 

「どうも、ゴルコンダさん。デカル■■ニーさんも久しぶりですね」

 

「そこを濁した意図には触れないでおきます」

 

 カイが携える刀が揺れる。カイの手がその柄に添えられる。

 

 廻の刀を持ち、カイザーのロゴの入った服を着て、ゲマトリアの仮面を付ける。

 そんな歪な存在が、カイという存在だった。

 

「ゴルコンダさんもベアトリーチェさんの泣き顔見に来たんですか?」

 

「相変わらず腐った感性で安心しました。私の目的はベアトリーチェの回収ですよ。同志ではありますのでね」

 

「ほらほら。お迎えがきまちたよベアトリーチェしゃん」

 

「っ……ッ……!!」

 

 友達を泣かせ、善意を受けた女の子を傷付け、話す仲である少女を縛り付けて嬲る。

 

 大小あれど、小さな怒りが積もった青年の仕返しであることには、この場の誰も気付かないのだろう。

 

 黒服ならば、ヒフミならば。一瞬で見抜けたであろう彼の怒りを。

 

「カイ」

 

 響く小さな声。

 

 ガラガラで、けれど美しい鈴のような声が木霊する。

 

 意識が動転していた先生も、煽りを繰り返していたカイも、そちらを見やる。

 

 血色の悪い顔で、今にも倒れそうな息遣いでサオリの肩に腕を回しもたれかかるように立っているアツコは、自然に無理をして笑顔を向ける。

 

「ありがとう」

 

 あまりにも穏やかなその顔に、先生の思考が真っ白にリセットされる。

 

 空っぽになったからこそ、先生は今一度改めてカイという存在へと目を向けた。

 

『多分、あの人が治してくれたんだと思います』

 

 それは、エデン条約が崩壊した後、サオリによる銃弾を受けて意識を失ってから少し経ったとき。

 目覚め、周りにいた生徒から状況を聞き出した時の会話。

 

『誰かは分かりませんが……あの人が刺した箇所が、ちょうど先生が銃弾を受けた箇所でした』

 

 なぜ忘れていたのか。それ以上の衝撃とオーラだったからか。

 

 弟を貶された。明確な敵側の存在だ。

 

 マイナスな要素が大きすぎる。けれど、それでも。

 

「……私を」

 

「……」

 

「助けてくれたのは、キミなのか?」

 

 怒りはある。憎しみもある。

 

 だが、恩を受けたのならば。先生として、人間としての行動を、と。

 

「────ありがとう」

 

 返事はない。カイは動かない。それでいいと、先生は思う。

 

 カイという存在について深くは知らない。これが二度目の邂逅。

 深い仲では無い。仲が良い訳が無い。

 

 仲良くなろうなんて考えていない。

 

「けれど、私はお前を許さない」

 

 理性は保たれている。故に一人称が変わることは無い。

 

 これが、先生が示す宣言。

 身内をコケにした存在とは、先生にとっては何に比類しないほどの大罪なのだから。

 

 だから、礼を言うのはこれきりになるのだろう。

 感謝は本物。けれど、この憎悪も本物。

 

 黒服やベアトリーチェという、『悪い大人』に与する同類だという認識も大きい。

 

「あっそ」

 

 ベアトリーチェを起こし、闇に消えていくゴルコンダ達を背後に、カイの仮面が先生を射抜く。

 

 酷く淡白で、感情の乗っていない言葉を受けて、先生は表情を引き締める。

 

「精々、生徒たちと青春を楽しみなよ、先生」

 

 それ以外は、何も望まない。

 

 皮肉にも聞こえるような言葉を残して、カイは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クックック。ボロボロじゃないですかベアトリーチェ」

 

「どこを切り取っても勝利する要素が無かったな」

 

「メグルさんの言葉責めに言い返せない姿は実に面白かったですよ、マダム(笑)」

 

「そういうこった!」

 

「ソカモナ!」

 

 

「……………………クソッ」

 




廻の特別枠に入れる可能性があるかもしれない気がすることも無きにしも非ずという位に昇格した人達が二人ほど出来たよ。やったネ

廻の影響もあって、ゲマトリアメンバーの中でベアトリーチェを「マダム」呼びしてる人は居なくなってます。呼ぶとしても煽りとして使われるので。
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