競走馬の位置情報を可視化する「トラッキングシステム」が2023年10月から日本中央競馬会(JRA)主催のGIレースを対象に本格導入された。競走馬のゼッケンにセンサーを付けて位置情報を計測することで、それぞれの馬が走っている地点や馬同士の相対的な位置関係を中継映像上に表示できる。

 「初めて競馬を見る人は馬券を購入した馬がどこを走っているのか、中継映像を見ても分かりづらい。初心者やライトなファンにも分かりやすい映像を届けたかった」。取り組みを主導したJRAの鶴岡史隆総合企画部経営企画室上席調査役はこう語る。

トラッキングシステムのイメージ
トラッキングシステムのイメージ
(出所:JRA)

 詳しい仕組みは次の通りだ。競走馬が着用するゼッケンの左右ポケットにセンサーを1台ずつ入れる。センサーはGPSや「みちびき」など複数の測位衛星システム(Global Navigation Satellite System:GNSS)に対応したアンテナやSIMカードなどを内蔵している。重さは100グラムほどだ。

 2台取り付けるのは片方の機器に障害が起きた場合も継続利用できるようにするためだ。通信回線も冗長化しており、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクから通信状態の良い2回線を競馬場ごとに指定している。

ゼッケンの左右につけられたポケットにセンサーを入れる
ゼッケンの左右につけられたポケットにセンサーを入れる
(写真:日経クロステック)

 センサーは馬の位置の緯度・経度・高度を0.1秒ごとに計測する。競馬場には「基準局」と呼ばれるアンテナを設置し、「RTK(Real Time Kinematic)サーバー」と常時通信させている。RTKサーバーは基準局から送られてくる測位誤差の補正情報をセンサーへ配信する。センサーはGNSSによる測位情報とRTKサーバーからの補正情報を基に、正確な時刻と位置情報をRTKサーバーに送る。

トラッキングシステムの構成配置
トラッキングシステムの構成配置
(出所:JRA)

 センサーの位置情報を受信したRTKサーバーは、馬の位置情報を中継映像上にプロットする。次に「オーバーレイサーバー」がマーカー、トラック上の位置などレース映像に表示するトラッキング画像を編集する。移動距離と経過時間から速度を算出し、先頭馬の速度も表示している。オーバーレイサーバーは加工した映像を中継車に送り、場内ディスプレーやテレビ中継で放映されるという流れだ。

 実際のレースとオーバーレイされた映像の遅延は1.5秒ほど。システム開発は富士通が担った。

トラッキングシステムの概要図
トラッキングシステムの概要図
(出所:JRAの資料を基に日経クロステック作成)

構想は10年以上前から

 実はトラッキングシステムの構想は10年以上前からあった。「最近のスポーツ中継は、野球であれば打球の回転や角度、サッカーであれば(2022年のワールドカップで話題となったゴールライン際のセンタリングである)『三苫の1mm』のような映像など、テクノロジーを使って新しい見せ方を取り入れている。競馬でも単に映像を撮って流すだけではなく、新しい技術を使ってこれまで見えなかった情報を可視化したいと思った」(鶴岡上席調査役)。

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初期段階で直面した2つの課題

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