NHK公式【べらぼう】松平定信を演じた井上祐貴さん&寺田心さんが登壇したイベントで披露された脚本・森下佳子さんからのサプライズメッセージを全文掲載します。
10月19日、白河文化交流館コミネス(福島県)にて開催された、「大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』トークショー“W定信 白河に里帰り”」。作中で松平定信役を演じる井上祐貴さんと、松平定信の幼少期の田安賢丸役を演じた寺田心さんが登場!制作統括を務める藤並英樹も交え、印象的なシーンや舞台裏など、ドラマ「べらぼう」の魅力をたっぷりと語りました。
会場では、サプライズで、脚本・森下佳子さんがトークショーのために書いた手紙が披露されました。定信愛あふれるメッセージに井上さんも寺田さんも「うれしいです」と感無量な表情。
会場にお越しいただけなかった皆さんにも、ぜひ読んでいただきたい!というわけで、せっかくですのでこちらで全文公開いたします。
井上さん、寺田さん、そしてご来場の皆様へ
白河の皆様、本日はご来場いただきまして、まことにありがとうございます。
井上さん、寺田さん、この度はお力をお貸しいただきありがとうございました。
今日は手紙をご紹介いただけるということなので、私なりに定信さんについてお話しさせていただきたく存じます。
この企画に携わる以前、私の定信さんのイメージというのは「乱れた世を正した真っ当で偉い人」というものでした。彼の打ち立てた「質素倹約」「折り目正しい」「勤勉」はもはや私たちの国民性。しかも世界中から「信じられない!」と賞賛もされるものですから、彼の打ち出した価値観はこの国の背骨を太くしたことは間違いなく、また、素晴らしい福祉政策も残しました。ただ私個人としては、「この人苦手」「一緒にお酒を飲んだら、酒も水に変わってしまうことでしょう」そんな印象でした。白河の皆様、故郷の英雄をホントにすみません。あくまでも一おばはんの感想だととらえてくださると助かります。
でも、でもです!結論から言うと、それは非常に一面的な捉え方で、定信さんはべらぼうに面白い人だったのです。もちろん、市中の人のように、地口を言ったり、粋なことをやったりするわけではありません。むしろ、彼自身が生きる「喜劇」というか……。喜劇ってやってる本人が「面白いだろう」と思ってやると喜劇にならないって法則があるんです。本人はあくまで100%本気でないと。定信さんはいつ何時も全力で本気。そこが本当に面白いなぁと思った次第です。
とにかく定信さんは「プライド」が高すぎる。もうね、徳川の不運なプリンスは何をするにも吉宗の孫の誇りにかけて完璧であろうとする。誰よりも考え誰よりも汗をかき、理屈も完璧に練り上げる。でもそれが故に、「あれれ、ちょっとうまくいかないかも」と思っても、周囲の諌めは聞かず、理屈を屁理屈と化して押し通してしまうんですよね。その割に、余裕のある時は「「諌言」をするのがよき家臣。何でもいえ!俺は受けとめるぞ!」的なことも言っちゃっている。その態度も含めて「完璧」であろうとしたんでしょうね。なんか涙ぐましいです。でも現実にはそんな風には対処できない感情的な自分がいて。この辺の空回り感をまず好きになりました。その次は実は臆病なところ。「信じる道がある!」という体な大風呂敷を広げる割に人の評判をすごく気にするんですよね。田沼と自分を比較もするし、そういう極めて小心なところに親近感を感じました。人ってそうだよね。その次は決して「負けを認めない」ところ。定信さんは足を掬われて中央から追われちゃったのに、「最初から長くはやらないつもりだった」みたいなことを言うんですよね。どんないい政治でも長くやるとその感動は時間と共に薄れ感謝されなくなるものだから、早く辞めるのは想定内だったんですよ、みたいなことを言うんです。もうね、プライドの高さゆえの負け惜しみがたまらない。出版統制についても、そもそも彼は黄表紙好きで自分でも黄表紙描いているのに取り締まっちゃうの!?っていう大矛盾の代物なんですよね。しかも後年、一種の罪滅ぼしなのかなぁ、罰した南畝先生、京伝さんもだったかな、仕事を頼んだりもしているんですよね。総じて、定信さんはたいへん人間臭い人だと知り、印象は180度変わって、今は「面白すぎる。私、この人と酒呑んでみたいわ」ってなっています。多分、登場人物の中で一番呑んでみたい。ぐだぐだに潰して、「本当はさ〜」ってあの時の本音と愚痴を聞いてみたい。ま、「呑もうよ」なんて言ったら、その場で叩っ斬られそうですけど(笑)。
この大河は蔦屋重三郎の話なので、定信さんを描ききれたとは言えないと思います。でも、寺田さんが賢丸だった頃の剥き出しの定信、彼の本来の純粋さと気性の激しさを表現してくださった。そして、井上さんが、それ腹にすえた上で、完璧主義でそれなりには強かになった政治家・定信をきめ細やかに演じてくださっている。そのおかげで、台本以上に雄弁に定信さんという人が語られているのではないかと感じています。あんな大御所さんたちに囲まれながら、果敢にお芝居をした若いお二人に感謝と拍手を!
そして、最後に白河の皆様。
故郷の英雄を敵役にしてしまったにも関わらず、温かく見守ってくださり、本当にありがとうございます。先にも申し上げましたように、定信さんのうまくいった政策や清しいところ、描ききれなかったところがございます。そこはぜひ皆様のお力で「『べらぼう』では描かれてないけど、こういう功績もあるんですぜ〜」と、触れ回ってくださると嬉しいです。定信さん、引き続き大暴れなさいますので、最終話までおつきあいくださるとさらに嬉しいです!
ではでは、本日はありがた山のトンビがらすでございました。
森下佳子拝