HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報668号(2025年12月 1日)

教養学部報

第668号 外部公開

本当に生物は良くできているのか

市橋伯一

 本当に生物は良くできているのか 市橋伯一 生物のしくみは良くできていると一般的には言われています。確かに、脳の仕組みも、眼の仕組みも驚くほど精巧で、時に人工物よりも高性能を発揮します。そしてそれは細胞の中身にも当てはまります。最小の単細胞生物は光学顕微鏡でギリギリ見えるくらいの大きさですが、その中で千種類を超えるタンパク質がひしめきあって数百の化学反応を制御しています。こんなものは人間には未だ作ることはできず、神がデザインしたと信じたくなるのも理解はできます。

  しかし、こうした良くできたしくみであっても、見方を変えると、意外に出来の悪いところも目につくようになります。私は、合成生物学といって、生物のしくみを試験管内で再構成する研究をしています。作ってみようとすると、生物のやり方はやたらまだるっこしくて、「自分が神様ならもっと上手くデザインするのに」と思うこともしばしばです。今年度発表した論文はその一例で、生物がやっている方法よりももっと簡単に、生物の部品を作れるようにしたという研究です。

  今回作った部品とは、転移RNA(トランスファーRNA、あるいはtRNA)と呼ばれる分子で、細胞内で行われる翻訳反応の中心をなす分子群です。生物を構成する情報はほぼDNAに塩基配列として記録されていますが、情報のままでは何の役にも立ちません。その情報は、翻訳反応によって酵素など実際に働くタンパク質へと変換されることで初めて役に立てるようになります。

  翻訳反応では、DNAの塩基配列を(実際にはmRNAという別の分子に転写されてから)三塩基ごとに一つのアミノ酸に変換します。例えば、塩基にはA、G、C、Tの四種類があるので、ATGの配列をメチオニンというアミノ酸に変換するといった具合です。転移RNAは、アミノ酸を結合させる部位と、三塩基配列に結合する部位の両方を持つことで翻訳を媒介します(図1)。塩基は四種類ありますので、DNA配列側の三塩基配列は四の三乗の合計六十四通りの組み合わせがあり、これらを読み取るために大腸菌だと四十八種類のtRNAを使っています(一部のtRNAは複数の塩基配列を読み取るので六十四より少し少なくなります)。ここにひとつ無駄があります。生物が使っているアミノ酸の種類は約二十種です。したがって、翻訳に必要な最低限のtRNA数は二十種で十分なはずです。ところが生物は必要以上に多くのtRNAを使っています。

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  転移RNAの作り方にも無駄にしか思えない点があります。大腸菌の場合、転移RNAはDNAから転写というしくみで作りますが、ソーセージを作るときのように複数の転移RNAがつながった形でまとめて作ります(図2左)。その後、まずひとつずつに分離したのち、四種類の切断酵素を順番に使って転移RNA間にある余分な部分を少しずつ刈り込んでいって正しい長さの転移RNAを作っています。しかし、よく考えてみると、初めから余分な部分を除いて隙間なくつなげておけば、一種類の切断酵素だけですべての転移RNAを作れそうです(図2右)。

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  そこで本論文で私たちは、必要最低限の二十一種類(翻訳開始用に+1されています)のtRNAをDNA上に隙間なく綺麗に並べて、一種類の切断酵素だけを使って全部一気に作ってみました。そうすると、ちゃんとすべてのtRNAを作ることができて、翻訳反応も起こすことができました。この結果は生物のようにたくさんのtRNAを用意しなくても翻訳反応は可能であること、さらにその作り方も、生物よりもずっとシンプルにできることを示しています。

  それではなぜ生物は、多くの転移RNAを非効率な方法で作っているのでしょうか?

 仮説としては、多くの転移RNAは冗長性を確保するのに大事だとか、非効率なやり方は転移RNAの量の制御や品質管理に重要だとか、いろいろありえます。ただ個人的には、実のところ生物はもともとそんなにうまくできていないだけではないかなと思っています。生物を作り上げてきた進化というしくみは近視眼的な最適化が得意なので、歴史的経緯によっては局所最適値に落ち込んでしまいます。現在の生物もそうなっているだけではないかという気がしています。もしそうだとすると、人間がデザインすれば、例えば現存生物よりも優れたタンパク質合成システムなどが作れるはずで、そういったものを目指しています。

(生命環境科学/先進科学)

〇関連情報
【研究成果】21種類の転移RNAの試験管内同時全合成を達成 ──増殖するタンパク質合成システムの構築へ大きく前進──
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20250826180000.html

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