闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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第29話

「ヴェルフ、思いっきり歯を食いしばってくれ」

「おう」

「『大回復』」

「ぐっ……!」

 

ヘルハウンドの群れから逃げながら探し、見つけた縦穴から落ちた階層。その通路を彷徨っていたなかで現れた行き止まりで俺達は立ち止まっていた。右手に『太陽のタリスマン』を握り、全員の傷を治す。

 

「ありがとよ。旦那がいなかったら、俺達はボロ雑巾になってたぜ」

「……すごいです。ぐしゃぐしゃに潰れていた足が、一瞬で治るなんて」

「ヴェルフだけじゃない。僕とリリの擦り傷も治ってる」

「すまないが、治せるのは傷だけだ。体力まではどうにもならない」

 

「それだけでも十分だ」とヴェルフは治った足に触れながら笑う。

 

「では、現状のパーティーの持ち物の確認をしましょう。まず治療用の道具(アイテム)ですが、リリは回復薬(ポーション)が4、解毒剤が2。ベル様達は?」

「俺は何も残っちゃいない」

「僕はまだ、レッグホルスターに回復薬(ポーション)がいくつか」

「俺は精神力回復薬(マジックポーション)が人数分残っている」

「次に武器です。リリはボウガンを先の崩落で失いました。ヴェルフ様の大刀は無事で……」

「ベルは短剣と小型盾(バックラー)をなくしたか」

「う、うん。でも、《ヘスティア・ナイフ》と《牛若丸》は無事」

「グレイ様は?」

「俺のは全部しまってあるから無事だ」

 

会話を交わしているが、この状況が気が気ではない。

俺達が輪になっている場所は、迷宮の袋小路だ。通路の奥からモンスターが押し寄せようものなら、逃げ場を失う。なにより、周囲の壁から何時産まれ落ちるかわからない。

 

「わかりました……今後の方針ですが、武器も道具(アイテム)も限られている中、生きて帰還するためにはできる限りモンスターとの戦闘を避けねばなりません」

「それと、俺達のいる階層だが……落下の速度を考えて、15階層かもしれない」

「ここからが本題です。上層への帰還は絶望的です。ですが、ここであえて上部階層(うえ)へ上るという選択肢を捨て、下の階層……18階層に避難する方法があります」

 

リリの言っていることがわからないかもしれないベルとヴェルフに補足を入れる。

 

「18階層はダンジョンに数層存在する、モンスターが産まれてこない安全階層(セーフティポイント)だ。『下層』の進出を目指す冒険者達が間違いなく拠点として利用しているし、なにより街がある。そこまで行けば、ひとまず安全は確保できる」

「で、でも。ここが15階層のどの辺りなのか、そもそも生きて帰れるのかわからないのに、これ以上下の階層に向かうなんて──」

「縦穴を使います。中層には、先程リリ達が落ちてきたような穴が無数に存在します。それを見つけて飛び込めば、下部の階層に一足とびに移動できます。現在位置がわからない以上、階段を闇雲に探すより効率的です」

 

リリの言葉に反論を遮られたベルは、喉を鳴らした。

 

「階層主はどうする?17階層だろう、例の化物(デカブツ)がいるのは」

 

ヴェルフの言う化物(デカブツ)とは、通常のモンスターとは次元が異なる存在『迷宮の孤王(モンスターレックス)』のことだ。迷宮攻略する上での最難関でもある。

 

「ベルが『ミノタウロス』を倒した日……約2週間前に、【ロキ・ファミリア】が『遠征』に出発している。大人数の部隊で向かった彼等は無用な被害を防ぐために、階層主の『ゴライアス』を確実に仕留めているだろう」

 

ゴライアスの出現場所が18階層直前の大広間であること。それを放置するのは大部隊を率いる【ロキ・ファミリア】にとって危険性(リスク)が高いと説明を加える。

 

「『ゴライアス』の次産期間(インターバル)は2週間前後。時間を逆算しても、まだギリギリで産まれ落ちていない可能性があります」

 

主のいない17階層を無事にやり過ごすことも、今ならまだ間に合う。リリは最後にそう告げた。

 

正気(ほんき)か、お前ら……?」

「あくまでも選択肢の1つだ。ベル達が言う通り、素直に上の階層を目指した方が、差し当たって安全であることは間違いない。歩き回っていれば、他所のパーティーと会って助けを請うこともできるかもしれない」

 

しかし、それらは全て運任せ。

下級冒険者が多い上層とは異なり、上級冒険者の領域である中層は同業者の数が激減する。更に、円錐構造であるダンジョンの法則に従い、中層は上層と比べて迷宮の規模が格段に広い。当てもなく上層への階段を探すのも、他のパーティーと出くわすのも、運によるものが強すぎる。だからこそ、俺とリリは18階層を目指すという意見を出した。

 

「このパーティーのリーダーは、ベル様です。ご判断は、ベル様に任せます」

 

ベルがヴェルフに振り返ると、ヴェルフは笑いかけた。

 

「いい、決めろ。どっちを選んでも、俺はお前を恨みはしない」

 

信頼と絆の言葉を受け、ベルは目を閉じて深呼吸をする。

 

「……進もう。18階層に」

 

ベルの決断を聞き、俺達は立ち上がる。

 

「そうだ。俺から提案……というか、お願いがある。特に、ヴェルフに」

「俺に?」

「ああ。状況が状況なんでな、『コイツ(・・・)』を使おうと思っている」

 

俺は『月光の大剣』を取り出し、3人に見せる。それを視界に収めた途端、ヴェルフが目を見開いた。

 

「ッ!?そいつは伝説のドラゴンウェポンの1つ、『月光』じゃねえか!?」

「伝説って?」

「ああ!魔剣ってのは、もともとドラゴンウェポン──竜の尾から生まれる武器を人の技術(わざ)と知恵で再現したもんなんだ。だから、旦那の持っているコイツはあらゆる魔剣の原点と言っても過言じゃねえ。それと、魔剣とドラゴンウェポンの違いだがな。魔剣は武器としての機能を犠牲に、誰が使っても同じ威力の魔法を放つ。だが、ドラゴンウェポンは武器としての機能を維持しつつ、使用者の魔力に応じて魔法の威力が増減するんだ。しかも、魔法は使用者が任意で放つことができる」

「えぇっ!?」

「そ、そうなのですか!?」

 

『月光の大剣』を前に鍛冶師(スミス)としての血が騒いだのか、熱く語るヴェルフ。それを聞き、ベルとリリは目が飛び出そうなほどに驚いていた。

 

「まぁ、今それは置いておくとして本題に入ろう。俺からの提案なんだが『月光(こいつ)』の使用許可が欲しい、このことは俺達4人だけの秘密にして欲しい、この2つだ」

 

「どうかな?」と3人に視線を送る。ベルとリリは無言で頷くが、ヴェルフは腕を組んで眉間に皺を寄せ、目を閉じて悩みに悩んでいた。

 

「………………ベル達の命が最優先だ。だから『月光』の使用には目を瞑るし、誰にも話さねえ」

「ありがとう」

 

かくして俺達4人は、18階層へ向かうことになった。

 

 

 

 

「……なぁ、リリスケ。この臭いはどうにかならないのか?」

「我慢してください……お言葉ですが、発生源にいるリリが一番この悪臭に悩まされています」

 

18階層へ向かうと決めた場から随分移動したころ、ヴェルフが口にした言葉にリリが反論した。

ヴェルフの言う臭いとは、リリが首から吊り下げた袋から発せられる異臭だ。

死体の臭いに吐瀉物、糞尿その他諸々の臭いに比べれば幾分かマシだが……それでも臭いものは臭い。

 

「リリ達にも有害ですが、この臭いはモンスターにとって毒そのものです。この悪臭が続く限り、モンスターは近寄ってきません」

 

リリの言う通り、『強臭袋(モルブル)』という名の臭い袋の道具(アイテム)のおかげで、モンスターとの遭遇を回避できている要因でもある。

余談だが、リリと共同で開発したナァーザさんが試しに臭いを直に嗅いだところ、ひっくり返ってのたうち回り、鼻を床にこすりつけて臭いを拭い落とそうとしたそうだ。

 

「……皆さん、来ました」

 

前方、視界の奥。一本道の通路の先で、複数の真っ赤な眼光が浮かび上がる。

俺達のことを補足した3匹のヘルハウンドが、臭い袋の効果が薄れる距離で停止し、火炎攻撃の準備をする。

 

「グレイ様、ベル様。お願いしま──」

「いや、旦那とベルにばかり負担をかけたくねえ。俺に任せろ」

 

リリの言葉を遮り、ヴェルフが前に出る。

右腕を突き出し、3匹のヘルハウンドに照準を合わせる。

 

「【燃えつきろ、外法の業】」

 

紡がれたのは、超短文詠唱。

たちまちヴェルフの右腕からは陽炎が凄まじい勢いでほとばしり、ヘルハウンド達を呑み込んだ。

 

「【ウィル・オ・ウィスプ】」

 

次の瞬間、3つの大爆発──ヘルハウンド達の自爆が起こった。

 

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)!?」

 

リリの驚愕の声が散る。

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』とは、魔法の行使などに際して、『魔力』を制御し切れず暴走させてしまう事故現象のこと。

今日では魔法の体系化と『神の恩恵(ファルナ)』によって魔力の調整が円滑になったことで魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が発生することはほとんどなくなったが、『古代』では魔法の使用に暴発事故は付きものだったそうだ。

ましてや、モンスターが件の現象を起こすなんて皆無に等しい。

 

「成功したか……」

「ヴェルフ、今のは?」

「俺の魔法は特殊らしくてな。一定の魔力の反応を火種(きっかけ)にして、爆発させるらしい」

 

「モンスター相手に使うのは初めてだったんだがな……」と右手を開いては閉じながらヴェルフは続けた。

13階層では通じる確証がないという逡巡と、崩落直後ということで時機(タイミング)を逃してしまい、間に合わなかったらしい。

超短文詠唱といえど、準備は必要なようだ。

 

「あれ?モンスターで、ってことは……人で試したことがあったの?」

「ああ。同じ【ファミリア】の連中に頼んでな。見事に爆発した」

「……ヴェルフ、それは」

「いや、確かに俺も悪かったけどなっ、効果を試させてくれとは言ったんだ。何が起きるかわからないとも言ったし、あいつ等もそれを承知して……いや、全面的に俺が悪いんだけどなっ?」

 

そういうところがあるから【ファミリア】の仲間に白い目で見られるんじゃないだろうか。俺の頭をそんな考えが過った。

とはいえ、これで先が明るくなった。ヘルハウンドを無力化できるのはそれだけ大きい。

一筋の光明を見出しながら、俺達は先へ進んでいった。

リリの臭い袋でモンスターの奇襲を退け、それでも近づくモンスターは俺の『月光』かベルの【ファイアボルト】で追い払い、ヘルハウンドはヴェルフが無力化していった。

 

「……ありました」

 

横穴の曲がり角から顔を出したその先。洞窟状の道の、ど真ん中。あちらの通路と俺達がいる通路を隔てるように、歪な縦穴が大きく口を開けていた。

俺達は穴の縁まで近づき、覗き込む。

この深さは……16階層。

俺達はそれぞれ視線を交わして頷きあう。

臭い袋を持ったリリと、その護衛としてベルが。次にヴェルフが。そして、最後に俺の順でモンスターが追いかけていないことを確認し、縦穴へと飛び込んでいった。

 




次回、色々あってゴライアスは死ぬ。
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