生活保護で得られた「安心」の大きな恩恵
井後さんは、生活保護受給から5年が経過し、収入が保護費である月18万円を超えたため、生活保護を卒業することができた。
そして井後さんはこの後、「生活保護でいただいていた分を納税でお返しする」という目標を掲げ、有言実行する。生活保護卒業から2年後、井後さん35歳、息子13歳の年に、年商1億円を達成することに成功したのだった。
「IT全盛の時代背景の中、業務提携していた会社さんが一気に急成長したので、その相乗効果で、私の会社にも仕事が大量に流れ込みました。最初はパソコン1台、私1人でしたが、その後、キッチン6畳とリビング6畳に合計7台のパソコンを置き、近所の主婦たちでいっぱいになっていたところ、その会社さんに30坪の事務所を借りるお金を出していただき、その2年後には100坪の倉庫付き事務所へ引っ越しして、従業員を30人にまで増やすことができたことも、私の会社の売り上げが伸びた大きな要因だと思います」
高熱の息子を放置し、命の危険に遭わせてしまったあの日から、7年が過ぎていた。
キャリアやコネや学歴や経験がなくても
「ずっと、『諦めたくない!あの日の私に帰りたくない!』という一心で頑張ってきましたが、キャリアやコネや学歴や経験がなくても、ちょっとした勇気とちょっとした創造力を持って背水の陣で取り組めば、生活していくため以上のお金を稼ぐことは可能なんだということを、身をもって知る事ができました」
一時は路上生活を覚悟していた井後さん。生活保護を受給し始めて、「息子が18歳になるまでに卒業しよう」という目標を掲げ、懸命に努力してきたからこそ今がある。
「何よりも、安心をいただけるっていうのがありがたかったです。生活できるだけのお金があって、落ち着いて先が考えられるようになったから、起業であったりとか、いろいろな収入を得る方法を考えることができました。安心がないと、たぶん生きていくことに必死で、先のことを考える余裕なんてなかったと思いますね」
生活保護を受けることに、デメリットはなかっただろうか。
「私の場合は、不動産屋さんの事務員の女性が親切で素敵な方だったので、悪い印象が初めからなかったのがよかったと思います。だから私は生活保護を受けていることを周囲に隠しませんでした。また、息子が18歳になるまでの期間限定と考えていたから、スムーズに卒業できたのだと思います。そうでなかったら、働く意欲を失ってしまう人もいるだろうなと思います」
幸い、生活保護を受給されているからといって、息子が悪く言われるということもなかった。