受診の説得と同居
連れ帰って同居する
受診の説得には時間がかかるだろうし、北海道は遠すぎて、往復する体力も時間も私にはなかった。手強い母の説得には、連れ帰るしかなかったのだ。
私には9才年上の兄がいたが、私が月齢の時に事故で亡くなり、その時、生まれていた子供は私だけだった。妹も弟もまだ生まれておらず、私に対しての母の執着は妹たちと次元が違ったかもしれない。その私と同居できる母の未来は、母にとって希望に満ちていたのかもしれない。それを利用した形、夫にも事後承諾に近い形で申し訳なかったと今更思う。わが配偶者はとてつもなく寛容で、愛情深い人。ひたすら感謝しかない。
乳がんをワード文書で説明
母は頭のよい人で、本を読むのが好きな人。私は、新しい生活が落ち着いた頃、ひと月くらいたった時に、ネットで拾った乳房パジェット病の説明をわかりやすくワードに打ち込み、症状の写真も貼り付け、文書にして渡した。このまま放置したときの体の変化や今後の生活の不自由なども付け加えた。
口で言っても母には勝てないのはわかっていた。簡単に人の言うことなど聞く人ではないということも、よく知っていた。しかし、文書で読み、納得すれば応じてくれる人ではないかと思い、勝負に出たのである。
その甲斐あってか、ようやく、本人も事の重大さを理解した。私が初めて症状を見てから2か月になろうとしていた。乳腺外来はすでに決めてある。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしく応援お願いいたします!
いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます

コメント