闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの 作:大豆万歳
俺は建物の裏道から声がした闘技場の正門へ向かって駆け出す。
「エイナさん!一体何があった!」
「グレイさん!」
俺の声に反応したハーフエルフの女性──エイナ・チュールが振り向いた。
「モンスターが逃げたそうなんです!それで、近辺にいる【ファミリア】と冒険者達に声をかけているところで……」
「……逃げたモンスターは何処に?場所さえ教えてくれれば俺が──」
「駄目です!逃げたモンスターは11階層や20階層から連れてきたモンスターなんです!冒険者になったばかりのグレイさんが単独で討伐に向かうのは危険です!」
「まぁまぁ、落ち着いて。人の話は最後まで聞くものだよ。俺は何もそいつらと殴り合いをするつもりは毛頭ない」
「じゃ、じゃあ……一体何を──ッ!?」
俺は手元に『竜狩りの大弓』を出現させて闘技場の天頂部の一角を指差す。
「あそこからコイツでモンスターを狙撃する。それなら問題はないだろう?」
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
眉根を寄せて考え込むエイナ嬢。
「……すいません。何か、あったんですか?」
と、そこへ不意にかかる声があった。声の主に目をやった瞬間、俺以外の誰もが動きを止めた。
しなやかな腿を半ば隠すミニスカートに、丈の短い上衣。防具こそ纏っていないものの鞘に収められた細剣を剣帯へ吊るしている。腰まで届く長い金の髪が日の光を受け輝いていた。
オラリオでもトップクラスの実力を持つ冒険者。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがそこに立っていた。
彼女の近くにいた職員は慌てながら、そして飛びつくようにアイズへ事情を説明し出す。
……彼女が来たのなら、俺の出る幕はない。と思った俺は『竜狩りの大弓』をソウルに変換して体内に収納する。
「……グレイさん。やはり──あれ?さっきまで持っていたあの大きな弓は何処に?」
「しまったよ。それと、俺はここで大人しくしておく。万が一誤射でもして死傷者を出したくないからね」
「年端もいかない少女に任せるのは些か心苦しいが」と付け加えて肩を竦める。エイナ嬢は俺の行動に困惑していたが、すぐさま頭を切り替えてアイズ・ヴァレンシュタインにモンスターの逃げた場所とモンスターの種類の説明を始めた。
──誰の仕業か大凡の見当はついているが……ちょうど良い。利用させてもらおう。
俺はアイズ・ヴァレンシュタインに、彼女の後ろにいる神ロキに一瞬だけ目線を送る。そして、モンスターが逃げたという東のメインストリートの方を向いて口の端を僅かに吊り上げる。
──さて、お手並み拝見だ。可愛い剣士さん?
「(どっかで
先程視線を感じ、何者かと振り向くも視線の主と思しき者はこちらに背中を向けていた。だが、その後ろ姿に妙な既視感を神ロキは感じていた。
「(まさか……いや、もし尋ねてみて「人違いや」言われたら恥ずかしいしなー。……うん、今度どっかで
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがモンスター討伐に向かって少しした頃。
ギルドの職員達が避難活動を行っているのに乗じて、俺は『霧の指輪』と『静かに眠る竜印の指輪』を着け、家屋の屋根伝いに移動しながら彼女の戦い振りを見ていた。
「(おーおー、見事なもんだ)」
一匹、また一匹と的確にモンスターを屠る姿は見事の一言に尽きる。しかし、あの若さでこの戦闘力……何がここまで彼女を強くさせた?
「(──ん?)」
ぐらり、と不意に震動を感じた。闘技場のモンスターが暴れて発生したもの……は違うな。なら……?と、考えていたところに何かが爆発したような轟音が届く。音のした方向に視線を飛ばすと、通りの一角から、膨大な土煙が立ちこめていた。
『き──きゃあああああああっ!?』
次いで響き渡る女性の金切り声。
土煙の奥から姿を現したのは、石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似する長大なモンスターだった。
「ティオネッ、レフィーヤッ!あいつ、やばい!!」
「行くわよ」
「はっ、はい!」
俺の少し前を移動していた少女達は顔色を変えると駆け出し、通りの真ん中に勢いよく着地を決める。
俺は『遠眼鏡』を手に持ち、屋根の上からモンスターを観察する。細長い胴体に滑らかな皮膚組織。体の先端部には眼を始めとした器官は見当たらず、若干膨らみを帯びたその形状は向日葵の種を彷彿させた。全身の色は淡い黄緑色をしている。顔のない蛇、と形容するのが相応しいだろう。目つきを鋭くする少女達にモンスターが反応し、体を鞭の如くしならせながら攻撃を始めた。双子のほうはそれを回避しながら接近し、拳をモンスターの体に叩き込む。だが──
「いっ!?」
「こいつ、硬いっ!?」
モンスターの皮膚は僅かに陥没したのみで、逆に攻撃した2人の手足にダメージを与えた。
『────ッ!』
先程の攻撃に悶え苦しむような素振りを見せたモンスターは、怒りを表すように苛烈に攻めたてる。氾濫した激流のような勢いで体を蛇行させ、押し潰し、或いは薙ぎ払おうとする。しかし、双子はそれを危なげなく往なし、敵の至る所に拳打をお見舞いする。
「打撃じゃあ、埒が明かない!」
「あ~、武器用意しておけばよかったー!?」
舌打ちと叫び声を上げる間も蛇型のモンスターとの戦闘は続いた。
もらえば一溜まりもない敵の攻撃を尽く避ける。モンスターは暴れ狂うように全身を叩き付けるが、軽やかに跳び回る2人には掠りもしない。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」
互いに決め手を見出だせないまま、状況が停滞する中。詠唱する声が聞こえた。
「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」
詠唱を終えたのか、エルフの少女の前に魔力が集束した直後──ぐるんっ、と。
それまでの姿勢を覆し、モンスターがエルフの少女のほうを振り向いた。
まさか……あのモンスターは魔力に反応しているのか?だとしたら……
「マズい!」
俺は『霧の指輪』と『静かに眠る竜印の指輪』を外し、右手に『レーヴの大盾』、左手に『オーマの大盾』を握り、少女の前に飛び降りる。
ガンッ!
「やれやれ、間に合ったか」
地面から伸びる、黄緑の突起物。女性の腕ほどもある触手が、俺の構えた盾に弾かれる。俺がこうしていなければ、彼女はこれでやられていただろう。
「あの……貴方は?」
「通りすがりの冒険者だよ」
Lv.1のね、と付け加えている間にも、触手は盾を突破しようと攻撃してくる。
『オオオオオオオオオオオオッ!』
触手の攻撃が止むと同時に、破鐘の咆哮が響き渡る。音の主──蛇のようなモンスターがいる方向を向くと……
「ほう……蛇ではなく、花だったか」
正体を現したモンスターに、俺はそう呟く。
開かれた何枚もの花弁。
毒々しく染まるその色は極彩色。
中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。
生々しい口腔の奥、薄紅色の体内で瞬くのは、陽光を反射させる魔石の光。
いやはや、今までキノコだの草だの樹だのを相手にしたことはあるが……花を相手にすることになるとは。
花開きその醜悪な相貌を晒す食人花のモンスターは、こちらへ向ける意思を明確にする。
「そこの人!誰だか知らないけど、レフィーヤを連れてここから離れて!」
「あーもうっ、邪魔ぁっ!!」
駆けつけようとする双子に触手の群れが襲いかかる。黄緑色の突起は拳で何度打ち払われようが立ち上がり、蠢く林を形成して行く手を阻む。
モンスターはこちらに突撃しようと鎌首をもたげている。
「だ、そうだ。離れたほうがいいんじゃないか?お嬢さん」
「駄目です!あなたもここから離れてください!」
大声で抗議するエルフの少女、レフィーヤ。俺は彼女の言葉を聞き流しながら『レーヴの大盾』と『オーマの大盾』をソウルに変換して収納し、『ファランの大剣』を構える。
「なんだ、俺の心配なら──」
『アアアアアアアアアアアアッ!!』
大口を開けてモンスターが俺達に向かって飛びかかってくる。それと同時に、こちらへ飛び込んでくる金と銀の光が俺の目に映る。
「──いや、俺がやるまでもないな」
そう俺が言って『ファランの大剣』を収納すると同時に、モンスターの首は断たれ、建物の一角に突っ込む。モンスターの体はぐにゃりと勢いよく仰け反り、折れ曲がりながらその場に崩れ落ちた。
「「「アイズ(さん)!」」」
「……大丈夫ですか?」
「ええ、まあ」
俺の背後からエルフの少女が、先程までモンスターのいた場所から双子が彼女に向かって駆け寄ろうとする。
しかし、微細な揺れが彼女達の足を止める。
すぐにその揺れは大きな鳴動に変わった。アイズ・ヴァレンシュタインが剣を構える中で、辺りの石畳が隆起する。
「ちょ、ちょっとっ」
「まだ来るの!?」
彼女達の悲鳴を皮切りに、黄緑色の体が地面から突き出した。
我々を囲むように、3匹。
閉じた蕾を一斉に開花させ、見下ろす格好でその巨大な口を向ける。
生暖かい呼気に頬を打たれながら、眦を鋭くするアイズ・ヴァレンシュタインがいざ斬りかかろうとすると──前触れなく。
ビキッ、という亀裂音の後に、レイピアが破砕した。
「──」
「嘘っ──」
「なっ──」
「ちょっ──」
手の中にある得物が壊れる光景に、アイズ・ヴァレンシュタインだけでなく双子とエルフの少女も言葉を失った。
──仕方ない、俺も動くか。
あのモンスターは魔力に反応する、それは双子を無視してエルフの少女を襲ったからそうだろう。現に、魔力で風を纏っているアイズ・ヴァレンシュタインも襲われている。となると……
俺はまず『緑花の指輪』・『刃の指輪』・『鉄の加護の指輪』・『賢者の指輪』を嵌める。そして右手に『ブルーフレイム』を、左手に『月光の大剣』を握る。すると、アイズ・ヴァレンシュタインを狙っていたモンスターがこちらに標的を変えてきた。
「なにあれ!どういうこと!?」
「アイズとレフィーヤは魔法を使ってたから狙われたのに、なんであの人が狙われるの?詠唱もしていないのに!」
「……とにかく、救助に──」
「行かなきゃ」と、アイズ・ヴァレンシュタインは言いかけたところで動きを止める。
四方八方から襲い来る触手を両手の剣で斬り払い、それと同時進行でモンスターの体を蛇行させて繰り出す攻撃を紙一重で躱すさまに驚愕していた。何より、先程まで丸腰であった人物が両手に武器を持っていたことに。
「あー、面倒くさい!『望郷』!」
カッ!
触手を粗方斬り終えたその人物は愚痴をこぼすと、何やら詠唱をして明後日の方向に剣を向ける。すると、剣から青い光球が放たれ、空中に留まる。そして、その光球目掛けてモンスターが一斉に攻撃を始める。
「『ソウルの大剣』!」
フォン!
1匹目。詠唱をすると右手の剣の柄あたりから青白い刀身が出現し、そのまま横一文字にモンスターと触手を根本から薙ぎ払う。
「『ソウルの槍』!」
カッ!
2匹目。今度は剣の鋒から円錐状の青白い光が飛び出し、モンスターの頭部を貫く。
それと同時に光球が消え、モンスターが再び頭部を向ける。
「これで……」
『オアアアアアアアアアアアアッ!』
「……終わり、だあぁぁ!」
キィンッ!
3匹目。左手に持っていた大剣を両手に持って下段に構え。モンスターの突撃に合わせて剣を振り上げる。すると光波が放たれ、モンスターの体を真っ二つにする。
「ふー、やれやれ。……ん?」
モンスターが灰となった場所にキラリと何か光るものがあるのが見えた。魔石の類だろうか?今日はまだダンジョンに潜ってなかったし、後でギルドで換金して──
「……なんだこりゃ」
俺が灰の中から取り出したのは予想通り魔石なのだろう。だが、魔石は形や大きさに差異はあれど紫紺色だとベルとエイナさんから聞いている。しかし、俺の掌にある魔石は中心が極彩色で、残る部分は紫紺色と見たことのない輝きを放っている。
「あの……」
背後から声をかけられた俺は魔石をソウルに変換して収納し、振り返る。この魔石のことは後回しにしておこう。
「……ありがとうございます。レフィーヤを庇って、そのうえモンスターを倒してくださって」
「いやいや、困ったときはお互い様だよ」
軽い会釈をするアイズ・ヴァレンシュタインに、俺は「気にしなくていい」と手を振る。
「どう見てもただの直剣よね、これ。じゃあさっきの青白い光は……」
「ねぇ、これってもしかして『魔剣』?凄い綺麗な刀身……何処の【ファミリア】で買ったの?」
「あ、あのっ、あなたが先程使われてた魔法はもしや──」
そして、俺の周りに何時の間にか集まっていたアイズ・ヴァレンシュタインの仲間たち。双子のうち胸の大きいほうは鞘に納まった『ブルーフレイム』をじっと見つめながらぶつぶつと呟き、双子のもう1人は『月光の大剣』に目を輝かせている。そして、エルフの少女は鼻息荒く目を輝かせて俺に何か質問しようとしてくる。
「はいストップストップ。まだ事態は収まってへんし、その兄ちゃんも美少女4人に囲まれて困ってるで?」
ぱんぱんと手を叩いて神ロキが割り込む。周囲を見ると、ギルドの職員が慌ただしく動き回っている。彼女の言う通り、まだ予断を許さない状況は続いていた。
「アイズは逃げたモンスターの討伐に戻ってや。ティオネ達は地下のほうに行ってもらってええ?まだ何かいそうな気がするわ」
アイズ・ヴァレンシュタインに武器を渡し、残りの眷属に地下を指差して指示を飛ばす神ロキ。彼女たちもそれを受けて行動を始め、それを見届けた神ロキが今度はこちらを振り向く。
「いやー、ありがとな。うちの子たちを助けてくれて」
「いえいえ、こちらも危ないところを助けていただいたので」
「よお言うわ。自分1人でモンスター3体も殲滅しといて『危ないところ』て」
「いえ、助けていただいたのは自分ではなく、自分と同じ【ファミリア】のメンバーのことですよ。ご存知ないですか?5階層でミノタウロスに襲われた少年のことを」
「ああ、酒場でベートが言うとったあの事?ゴメンなぁ、うちの子たちが取り逃がしてもうたばかりに……」
神ロキとグレイが会話している場所から少し離れた民家。その物陰から2人を覗き見る2つの影。
「どうやら、腕は鈍っていないようね。安心したわ」
「本気の彼なら、あの程度の魔物は瞬殺でしょうけど……何やら理由があって力を抑えたようね」
「それはおそらく」と、影の主の目線が神ロキに注がれる。
「まあ、彼がそれを明かすまで私達は静かに見守りましょう」
「……それもそうね」
影の主──アルヴィナとシャラゴアは何処かへと姿を消して行った。
悩みに悩んだ結果。逃げたモンスター(シルバーバックを除く)と気色悪いモンスターを1体アイズが討伐し、追加で出現する3匹をグレイが倒すという流れにしました。
グレイが力を抑えていたのは周囲への被害などもありますが……まあ、詳しいことは後々判明します。