デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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この作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。
この第一話は1万文字あるため、お時間に余裕がある際に読んでいただけたら非常に光栄です。

追記:
初めて読まれる方へのイメージ補完として、12話にて記載した吉良と先生のイラストを載せておきます。わずかばかりのお力添えが出来ましたら幸いです。

先生:
【挿絵表示】

吉良吉影:
【挿絵表示】



プロローグ
邂逅


――連邦捜査部【S.C.H.A.L.E】

 

カタカタカタカタ……

 

パソコンの打鍵音だけが、穏やかな空間に一定のリズムで響いていた。

季節は冬。2月の冷たい空気が残るはずのその日、オフィスにはなぜか春のような温もりが差し込んでいた。窓から注ぐ陽光は柔らかく、室内の書類や観葉植物の葉先をやさしく照らしている。

 

その光の中に、ひとり。学園都市キヴォトスでは珍しい()()()()が座っていた。

 

連邦生徒会のマークが刻まれた白と青が基調ののロングコートをふわりと羽織り、前髪を上げて広い額を見せた黒い癖毛と、優しさの滲むダークブラウンの瞳を持つ穏やかな眼差しの青年――キヴォトスでただ一人の”人間”。数日前にサンクトゥムタワーの騒乱を収束させ、連邦捜査部【S.C.H.A.L.E】の顧問となったばかりの有名人。

 

 

――何を隠そう、彼は連邦捜査部シャーレの顧問。

 

生徒たちからは敬意と親しみを込めて【先生】と呼ばれている人物だった。

 

 

(プルルル……)

 

 

そんなこの男の前で、一本の電話が鳴り響く。

先生はワンコール以内に受話器を取ると、温かみのある声で応じる。

 

"もしもし、シャーレの先生です。"

 

「あ、あの……先生に頼めば、どんなことでも助けてもらえるって……聞いて……」

 

電話の向こうから聞こえてきたのは、か細い少女の声だった。震えを帯びた口調で、彼女はひとつの悩みを打ち明ける。

 

その声の奥にある不安を察して、先生はそっと口元を緩めた。

 

"もちろんっ!私は先生だからね。困ったことがあれば、なんでも言っていいんだよ?"

 

電話の向こうで、小さな息を吐く音が聞こえる。安堵の吐息だった。

 

「実は……家の窓が開いてて、ちょっと目を離したすきに……うちのキーちゃんが……」

 

"キーちゃん?"

 

「あっ……私の飼い猫です。真っ白なブリティッシュショートヘアで……いつも私のベッドの上で丸くなって寝てるんですけど……いなくなっちゃって……」

 

少女の声が、再び不安に揺れる。猫がいない。それだけのことかもしれないが、少女にとっては、家族を失ったような深刻な問題だった。

 

「えっと、先生……こんなことでも、頼って……いいんですか?」

 

"うん、もちろんだよ。キーちゃんを探せばいいんだね?"

 

ふっと立ち上がる先生。その仕草には何の迷いもなかった。まるでそれが自分の仕事であると最初から決まっていたかのように、当然のように。

 

「……はい!ありがとうございますっ!」

 

電話口から、涙混じりの笑顔が滲んで聞こえた。

 

 

――D.U.自治区・第4住宅区

 

やがて先生は、少女から聞いた住所をもとに住宅街へと向かっていた。そこはよく晴れた日の午後でも、どこかひっそりとした空気が漂う、静かな街並みだった。

 

立ち並ぶ家々の間を歩きながら、先生はポケットから小型のタブレット端末を取り出す。

 

画面をタップすると、淡い青の光がふわりと表示された。

 

"キーちゃんが行きそうな場所、マッピングを頼むよ。"

 

すると画面は、まるで意思を持ったかのように明滅を始めた。

 

(ピカ……ピカ……ピカ……。)

 

不規則なようで、確かなリズムを持った光。先生はその光のパターンをじっと見つめ、静かに頷いた。

 

"うん、ありがとう。……ここから北へ300メートルだね。"

 

そう言うと、画面が一度だけふわっと明るく点滅する。

まるで「任せたよ」と言っているように――

 

 

*

 

 

先生の歩く先には、午後の光に包まれた緩やかな坂道が続く

そしてその視線の奥には、ただの”仕事”ではなく、ひとつの”信念”があった。

 

たとえそれが、たった一匹の猫を探す依頼であっても。

 

たとえ相手が、自分のことを何も知らない生徒であっても。

 

(誰かの不安を、少しでも軽くできるなら……)

 

先生は心の中でそう呟くと、坂の向こうへと歩みを進めていく。

 

 

そして、このあと――

 

彼は、【“彼”】と出会うことになる。

 

キヴォトスという歪んだ学園都市の裏で、記憶を失った正体不明の男と

 

――それが、すべての始まりだった。

 

 

 

 

最初の捜索地点は、住宅街の裏手にある物置小屋だった。

 

落ち葉の堆積した薄暗い空間。その奥から、かすかに動く気配が伝わってくる。先生は足音を殺しながら、そっと小屋の陰に近づいた。

 

"キーちゃん……?"

 

声をかけると、影がこちらに向かって動く。しかし──

 

「フシャァッ!」

 

"いたっ!"

 

鋭い鳴き声とともに、飛び出してきたのは見知らぬ野良猫だった。頬に爪を立てられ、ピリッと鋭い痛みが走る。

 

思わず後ずさりしながら頬を押さえる先生だったが――その表情にはまだ諦めの色はなかった。

 

“さて、次は……”

 

場所を変え、公園の中央にある噴水広場へ。遠目に白い影が見えた。毛並みの色、姿──あれこそ間違いなくキーちゃんに違いない。

 

先生はコートの裾が擦れる音すら出さないよう、慎重に足を進めていく。

 

"……やっと見つけた!"

 

そう呟いた瞬間、手を伸ばす。が──

 

"うおっ!?"

 

(ゴチンッ!)

 

猫がひらりと身をかわし、先生はそのまま噴水の縁に額をぶつけた。

 

"うぐっ……!?"

 

衝撃が前頭葉を揺らし、ぐらりと視界が揺れる。さらに──

 

(バシャァァッ!)

 

噴水から跳ね返った水が、見事にコートへと降り注ぐ。全身びしょ濡れ。濡れたロングコートが体にまとわりつき、不快な冷たさが背中を這う。

 

"いたた……うぅ……"

 

思わずしゃがみ込み、自嘲するように笑う。それでも、まだ終わりではない。

 

──諦めない。

 

今度は図書館の裏手。手入れの行き届かない茂みの中で、またもや何かが動いた。

 

"……キーちゃん?"

 

静かにかがみこみ、再び手を伸ばす。だが──

 

(パサッ!)

 

茂みの中から飛び出してきたのは一羽のスズメ。突然の羽音に驚いた先生は、思わずバランスを崩し──

 

(ドサッ。)

 

ズボンの膝から太ももにかけて、泥がべったりとこびりついた。

 

"……はぁ……"

 

顔を上げると、遠くの空が青色から茜色に変わり始めていた。

 

タブレットの画面が、再び静かに明滅を始める。

 

青白い光が、今にも言葉を発しそうなリズムで点滅する。先生はその光をじっと見つめる。

 

"……そうだね。でも、これもあの子のためだから。"

 

声に出してそう呟くと、タブレットが一度だけ『トン』と強く光る。まるで先生の言葉に応えるように。

 

もう十分すぎるほど泥だらけで、傷も増えた。けれど先生の目は、一切曇っていなかった。

 

彼は、再び歩き出す。

 

狭い路地裏、通学路の植え込み、廃材の積まれた倉庫の影──

 

希望を抱き、ひとつずつ場所を探っていく。耳を澄まし、影を見つけては駆け寄り、ため息とともにまた歩き出す。その繰り返しの中、先生のコートはますます汚れ、顔には小さな擦り傷が増えていった。

 

"キーちゃん……どこにいるんだろう……"

 

約束の時間が迫る。少女の不安げな顔が頭をよぎる。だからこそ、どんなに見つからなくても、心は折れなかった。

 

タブレットの光が、ふたたび明滅する。今度は、どこか焦りすら感じさせるほどせわしないリズム。

 

先生はそれに、やさしく頷いた。

 

"……いいや、まだだ。諦めるには、まだ早すぎるよ。"

 

その言葉に反応するように、タブレットが「コトン」と一度、落ち着いた光を灯す。

まるで「仕方がない」とでも言いたげに。

 

画面に表示された、新たなポイント。

そこに希望がある保証はない。けれど──

 

先生は迷うことなく、また歩き出した。

 

ズボンの泥は乾き始め、着ていたコートは重く冷たい。だが、彼の歩みは少しも止まらなかった。

 

それが、そんな彼こそが、【先生】という存在だった。

 

―――

 

 

*

 

 

 

足を引きずるように歩く先生の影は長く伸び、街灯がひとつ、またひとつと灯り始めるころ、先生の影は静かに路地へと溶け込んでいった。時刻は夕方をとうに過ぎ、辺りは薄暗くなりつつある。

疲れた足を引きずりながら、先生は新たな地点を目指す。しかし、見慣れない住宅街の路地を進むうちに、いつの間にか違う方向へ迷い込んでいたことに気がついた。

 

迷い込んだ住宅街の奥。

普段なら人々の生活音が聞こえるはずの住宅街なのに、ここには不自然な静寂が支配していた。

 

(なんだろう…この違和感は……)

 

どこかで誰かが夕飯を作る匂いもない。生徒たちの声も、犬の吠える音も、テレビの音も──生活の気配が、ない。

 

カーッ!カーッ!

 

頭上を掠めるように飛び去るカラスの鳴き声に、先生は思わず肩を震わせた。その声は建物の壁に反響し、どこか歪んだエコーとなって街並みに満ちていく。

 

(この感じ……普通じゃない。)

 

胸の奥に、ぞわりとしたものが這い上がる。空気が重い。背筋を這うような違和感が、まるで身体の内側から警鐘を鳴らしていた。

 

そんな時だった。

 

ふと、先生の目が一点に止まる。

 

無機質で不気味な路地裏をただ一つ色づけていた赤い郵便ポスト。その傍らの塀の上。

月明かりを受けて、白く光るふわふわとした影。

 

"……キーちゃん?"

 

猫だった。間違いない。あの鈴付きの首輪、その純白の毛並みと、首輪についた小さな鈴。間違いない。あの子が探していた、白猫──キーちゃんだ。

 

(……やっと見つけた。)

 

 

これまでの失敗を教訓に、より慎重に行動を開始する。まず周囲の環境を確認し、猫の逃げ道となりうる方向を把握。そっと近づきながら、先ほどスーパーで購入したちゅ~〇を取り出した。

 

"キーちゃん。……もう大丈夫だよ。"

 

音を立てないように手を伸ばし、塀の上の猫へとそっと差し出す。かすかに風が吹き、猫の首輪が小さく鈴を鳴らす。キーちゃんはおずおずと近寄り、おやつの匂いを確かめると、やがて先生の腕の中に身を委ねた。

 

──探していた命を、ようやく抱きしめられた。

 

その瞬間、先生の顔に安堵の色が浮かぶ。

 

だが。

 

(ドサッ)

 

"……?"

 

すぐ背後で、人の体が倒れるような鈍い音がした。

 

"な──"

 

 

ゾクッ!!

 

 

刹那、先生の全身に戦慄が走った。背筋を凍らせるような不吉な予感が、全身の細胞を震わせる。

 

背筋が凍る。汗が、首筋をつたう。全身が反射的に警告を鳴らし始めた。

 

 

後ろを振り返ってはいけない

 

 

……根拠もなくそんな警告が全身から発せられていた……背中を突き刺すような無数の視線を感じる。ぬるりとした変な汗が首をつたわり、息がぎこちなくなるような感覚があった。

 

 

 

 

本能的に感じたその根源的な恐怖に臓の鼓動が速くなるのを感じた。

 

(これは……まずい。)

 

皮膚の下を何かが這いずり回るような悪寒。張りつめた空気に、呼吸さえも歪みそうになる。

 

だが、次に耳に届いたのは、誰かの微かな呻き声だった。

 

「…う、うぅ……」

 

(……!)

 

目をつぶって、ぐっと歯を食いしばる。逃げるべきか。いや、見捨てることはできない。例え、命に関わる危険が迫っていたとしても──

 

"くそっ……!"

 

先生は意を決し、振り返った。

 

 

 

 

――倒れていたのは、一人の男だった。

 

 

白のスーツ。奇妙な髑髏柄のネクタイ。そして金髪。年齢は──30代前半といったところ。

失礼かもしれないが――『普通っぽい顔をしている』と、先生はそう思った……

 

しかし、その白いスーツの肩口や袖には血が滲んでおり、胸元にも暗い染みが広がってる。

 

――まるで何かの争いに巻き込まれたかのような痛々しい姿に、先生は思わず眉をひそめる。

 

"だっ大丈夫ですか!?"

 

駆け寄って呼びかけるが、反応はない。顔を覗き込みながら、肩を揺する。

 

その時──

 

「……ぅ」

 

"あ、気がつ──"

 

うわぁああああぁああああぁぁあああああぁああッ!?

 

"うわっ!?お、落ち着いて…"

 

突如、男は金切り声を上げて飛び起きた。まるで地獄の底から這い上がってきたような、凄まじい悲鳴だった。

 

「……はぁ、はぁっ……い、痛いよォ~~ッ!!」

 

肩で息をしながら、男は周囲を見回す。目は見開かれ、明らかな混乱と恐怖がその奥にあった。

 

"一体何があったんですかっ!?"

 

先生が落ち着いた声で問いかけると、男は苦悶の表情で首を振る。

 

「もうわたしは死ぬッ!!……こんなにも血が出てる……ッ!!」

 

荒い息遣いが、男の動揺を物語る。

 

"っ……大丈夫です。まずは深呼吸をしましょう。"

 

先生はその背にそっと手を添え、優しく声をかける。呼吸に合わせるように背をなでると、男はしばらくしてようやく落ち着いたようだった。

 

「……スゥー……ハァー……」

 

"……落ち着きましたか?"

 

「……ああ、なんとか……」

 

"今はそれで充分です。……何があったのか、教えてもらえますか?"

 

先生の問いかけに、男は喉を鳴らして唾を飲み込む。

しばしの沈黙のあと、男はようやく口を開いた。

 

「……何も……覚えていないんです。」

 

"……記憶が、ということですか?"

 

男は小さく頷いた。額に浮かんだ汗が、血に濡れたシャツの襟元へと落ちる。

 

「自分の名前以外が……すべてが曖昧で……今までどこで何をしていたのか、誰に何をされたのか……まるで分からない。」

 

先生は静かに、その言葉を受け止める。

 

"あなたの……お名前は?"

 

男は苦しげに目を伏せた。しばらく沈黙が続き、やがて、絞り出すように言葉が落ちた。

 

 

「…わたしの名前は………吉良吉影だ」

 

 

 

(――このまま放っておくわけにはいかない。)

 

胸の奥に自然と湧き上がる使命感に突き動かされるように、先生は即座に決断を下した。

目の前の男――吉良吉影という名の男を、近くの病院へ連れて行こうと。

 

左腕にキーちゃんをそっと抱えながら、右手を伸ばして吉良の身体を支える。血のにじんだスーツ越しに、体温とは異なるじっとりとした湿気が掌に伝わり、思わず表情を曇らせた。

 

(この人、見た目以上に……重いな。)

 

吉良の体重は想像以上に重く、ひとつひとつの動作が慎重さを求められる。足元はおぼつかず、時折、靴がアスファルトの端に引っかかるたびに、二人のバランスが揺れた。それでも先生は、胸に抱えた白猫を不安にさせぬよう、できるだけ動きを乱さず、一歩ずつ、慎重に前へと進んだ。

 

吉良の荒い息遣いと、時折漏れる呻き声。そのたびに立ち止まり、顔を覗き込み、言葉をかけて安否を確かめる。無事を祈るように──。

 

白いスーツを血で汚した男と、傷だらけで泥にまみれた白いロングコートを羽織る男。二人の姿はどこか不揃いで、だが妙に、似たような痛々しさを漂わせていた。傾き始めた夕陽が彼らの足元に長い影を落とし、それはまるで、二人の過去と未来を引きずるように伸びていた。

 

――――

 

 

 

 

 

やがて、あの異様な路地を抜けた時――まるで結界が解けたかのように、風景が一変した。

 

ぴたりと張りついてくるような静けさは消え失せ、代わりに耳に届いたのは、いつものキヴォトスの音――近くのカフェから漏れるジャズのBGM、コーヒーの香り。下校途中の生徒たちの明るい会話、路地裏で遊ぶ不良たちの笑い声。遠くで交差する車のクラクション。日常が、戻ってきていた。その温かな空気に包まれ、先生は思わず深いため息をついた。

 

先生は、ふと目を細める。ほんの数分前まで自分がいた空間が、まるで別世界のように思えた。奇妙な静けさと圧迫感、あの「気配」。あれは何だったのか……

 

 

しかし、考えるより先に、やるべきことがある。

 

 

病院の受付に吉良を託し、経緯を丁寧に説明すると、先生は「よろしくお願いします。」と深々と頭を下げた。

 

そして──今は、あの子との約束を果たしに行かなくてはならない。

 

キーちゃんの柔らかな体温が、先生の胸元で小さく動いた。

それはまるで、「もう大丈夫だよ」とでも伝えているかのように温かかった。

 

 

 

 

シャーレに戻った先生を出迎えたのは、涙をこらえていた生徒の姿だった。玄関の扉が開かれるや否や、少女は駆け寄り、先生の腕の中にいた白猫をぎゅっと抱きしめる。

 

「キーちゃん!よかった…本当に…!」

 

その声は安堵に震えていた。生徒の瞳にはうっすらと涙の膜が張り、頬を撫でる風よりも繊細な感情が漂っていた。

 

「先生…ありがとうございました……あれ、先生、顔……服……その……」

 

引っかき傷、泥まみれの白衣、水で濡れて冷たく貼りついた髪、そして額の赤い腫れ。それでも、少女と猫が寄り添う光景を見つめる先生の顔には、確かに柔らかな笑みが浮かんでいた。

 

「あはは、気にしなくていいさ。私にとっては生徒たちの笑顔が一番大事だから。……でも、次からはちゃんと窓を閉めてあげようね。その子も大切な家族なんだから」

 

生徒は深く頭を下げ、腕の中のキーちゃんは「ニャア」と短く鳴いて、先生の言葉に同意するかのように喉を鳴らした。

 

シャーレのオフィスに差し込む夕陽が、床を優しく染め上げていく。小さな温もりと、確かな達成感が空間を包んでいた。

 

――だが、先生の胸の奥では、別の疑問が冷たく残っていた。

 

(吉良吉影……彼は一体何者なんだ?)

 

記憶を失い、突然目の前に現れたあの男。彼の身元は?なぜあそこで倒れていたのか?疑問は尽きない。

 

 

 

 

夜が更け、最後の業務を終えた先生は、デスクの受話器を手に取った。

 

「はい、D.U.区○○病院です。」

 

"こんばんは。本日搬送された吉良吉影さんについて容態をお聞きしたいのですが……"

 

「ああ、あの男性ですね。検査の結果、命に別状はありません。今は安静にしてもらっていますので、ご安心ください」

 

"……よかった。ありがとうございます。"

 

ほっと息をつき、先生は電話を切った。明日は朝一番で、もう一度様子を見に行こう。彼には色々と聞きたいことがあるから――そう思いながらカーテンの隙間から夜空を見上げると、雲間から小さく星が瞬いていた。

 

 

■だが、翌朝――

 

 

「……吉良吉影さんが、いなくなりました。」

 

 

電話の向こうからの報告に、先生はしばらく言葉を失った。

 

「……え?」

 

「申し訳ありません。朝の回診で気づいた時には、もう姿が見えなくて……」

 

静かに受話器を置く。窓の外では、冬とは思えぬ柔らかな陽射しが街を照らしていた。

 

(……一体何者なんだ、あの人は――)

 

まるで夜の霧のように現れて、朝靄のように姿を消した吉良吉影。シッテムの箱を握る先生の指先に、無意識に力が入る。背筋をかすかに撫でた冷気が、予感のように残った。

 

 

■その頃、キヴォトスのどこかで――

 

 

白いスーツに身を包んだ男が、静かに街を歩いていた。朝の通りを行き交う生徒たちの間を抜けながら、淡い陽射しをその身に受けて。

 

「……わたしの名前は、【吉良吉影】」

 

独りごとのように呟かれるその声には、どこか虚ろで、しかし確かな実感が宿っていた。

 

「いつ…なぜ わたしの過去に何があったのかは どうしても思い出せない。」

 

それでも、ぼんやりとした輪郭の中で、ひとつだけ確かな記憶がある。

 

「彼は……あの男は――"優しい手"をしていたな。」

 

名も知らぬ【彼】の笑顔だけは、奇妙なほどに鮮明だった。

 

通りを行き交う学生たちを眺めながら、男は考え続けた。その目には、どこか遠くを見つめるような光が宿っている。

 

「ただ……ひとつだけ言えることは 自分はこの先、決して安心なんて出来ないだろうという実感があるだけだ。」

 

そう呟いて、吉良は空を見上げた。

 

「これからどうするのか?」

 

風が街路樹を揺らし、木漏れ日が男の金髪を照らす。

 

白い雲が流れ、陽が昇っていく。今日という日も、きっと誰かにとって特別で、誰かにとってはなんでもない、ただの一日なのだろう。

 

「それもわからない……ただ…このキヴォトスで生活するというのなら…『仕事』を『生きがい』にしておけば『幸福』になれるかもしれない……」

 

ここは数多くの学園と生徒たちが集まる場所──学園都市キヴォトス。

 

その片隅に、記憶を失くした男が、ひとり新たな人生を歩き出していた。




先生の容姿はアニメ先生をさらに可愛くした感じを勝手にイメージしています。
一応、自分がAI生成で作った先生を貼っておきますね…これエッチすぎやしませんかね?
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