朗読の世界

★井伏鱒二「珍品堂主人」（全２５回）　朗読：田辺いちか 主人公・加納夏麿は戦前には「ちゃんとした学校の先生」だったが、骨董が大好きで目にすると人が変わる57歳の男。終戦の翌々年の正月、疎開先の伊豆下田から久しぶりに上京し旧知の元赤坂芸者と再会。食事に行った浅草で、室町期の珍品では？という「下げ灯篭」の出物を目にして夢中になり値を交渉、ついに手に入れる。これをきっかけに「骨董」探訪の日々が始まり、彼の人生が動いていく。掘り出し物を見つける目利きだ、「珍品堂」だと持ち上げられる。 戦後の復興の中で骨董を通じて出会いを広げ、品物をわが手にする魅力に取り付かれていく主人公。しかし次第に骨董の売買に行き詰まり、旧家が持つ数寄屋式邸宅を借り受け、金主となってもらいその邸で高級料理屋を始めることに活路を見出そうとする。 骨董好きの珍品堂は料理を楽しむ客をもてなす美術品を揃えることに夢中となり、店の主人となっても自ら各地を訪ね回る。塗物は石川県、焼物は岐阜県、味噌はどこ、蕎麦粉はどこと凝りに凝り、職人たちと交渉。甲斐あって料亭「途上園」は繁昌、支店を出す話も出てくる。　しかし金主の紹介で顧問格に迎えた蘭々女という女性に次第に取り込まれる。実はその裏で彼女の意を受けた利根という女性との一件で弱みを握られ、ついにはいびり出されてしまう。そして、再び骨董の道に舞い戻る、という顛末が面白おかしく描かれる。 井伏鱒二の物語の登場人物はみな一癖あり、ユーモアある会話が真骨頂である。 テキスト：井伏鱒二「珍品堂主人」（中公文庫　増補2025年1月版使用） ★朗読：田辺いちか（たなべいちか） 講談協会所属。田辺一邑門下 二ツ目として活動。福岡県北九州市出身。2026年秋には真打昇進が内定している。 ★井伏鱒二（いぶせますじ） 1898年広島県の中流地主の次男として生まれる。本名・満寿二。早稲田大学、日本美術学校を中退。同人誌への執筆を経て1929年「山椒魚」「屋根の上のサワン」で文壇に認められる。1938年、「ジョン万次郎漂流記」により直木賞を受賞。「鯉」「さざなみ軍記」「多甚古村」「丹下氏邸」「本日休診」（読売文学賞）、「駅前旅館」「遙拝隊長」「集金旅行」「漂民宇三郎」（芸術院賞）、「武州鉢形城」「珍品堂主人」(1959年)、原爆に対する怒りを描いた「黒い雨」(1965～1966年)（野間文芸賞）がある。ほかにも「荻窪風土記」など、小説の他、詩集や随筆・紀行も数多い。1966年文化勲章受章。1993年没。