【アーカイブ】西城秀樹さんの「歌いたい」で生まれた「ヤングマン」

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大嶋辰男
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【2012年1月28日別冊「be」1、2面(うたの旅人)】

 それは当時、アイドル歌手として最前線を突っ走っていた西城秀樹さんにとって、大きな賭けだったのだろう。

 1978年の晩秋だったと、西城さんは記憶している。当時23歳。米国・ロサンゼルスを走る車の中にいた。遊びで行っていたのか仕事だったのかも、同乗者も忘れてしまった。ただカーラジオから流れてくるその曲を聞いて、電流のような衝撃が走ったことだけは覚えている。

 西城さんは大の洋楽好きだ。デビュー前は故郷の広島でロックバンドを結成、ドラムをたたいていた。でも、と西城さんは言う。「それまで聞いたどの洋楽よりも強烈だった。とにかく明るくてノリがいい。いっぺんで気に入った」

 現地在住の同乗者に「何て曲?」と聞いた。「ビレッジ・ピープルというグループが歌っている『Y.M.C.A.』だ」と教えてもらった。彼らがゲイ(同性愛)市場を狙ったグループであることも、この曲がゲイの世界を歌っていることも知らなかった。ただ、日本で歌ったらきっとヒットするだろうと思った。すぐにこう頼んだ。「悪いけどこの曲のテープ、手に入れてくれないかな……」

 帰国後、その頃、毎年大阪で開いていた新春コンサートの準備に入った。打ち合わせの席上、突然、「『Y.M.C.A.』を歌いたい」と言って、スタッフたちを驚かせた。「青春賛歌にして歌ったら面白いんじゃないか」と思ったのだ。

 72年に「ワイルドな17歳」のキャッチフレーズでデビューした西城さんは当時、絶大な人気を誇っていた。郷ひろみさん、野口五郎さんと並ぶ男性アイドル「新御三家」の一人。「激しい恋」「傷だらけのローラ」など、「絶唱型」といわれた力強い歌いっぷりと、マイクを蹴っ飛ばす派手なアクションが「売り」だった。ドラマ「寺内貫太郎一家」にも出演した。

 アイドルは恋愛さえ許されな…

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