『蝙蝠か燕か』西村賢太 (再読)
■完結した作品としては西村最後の小説。最晩年の心境が語られ、間近な死を予感していたような記述もあり、今となっては自らの人生を回想・総決算するために書かれているかのように読めてしまうフシもあり、意図せずして「最後の小説」にふさわしい内容となっている。実はこの人、「死に時」を心得た、「生き方の達人」だったのではとさえ思わせる。
■『西村賢太殺人事件』を読んだのでこれを再読した。『…殺人事件』を読んだ上で再読すると面白さが倍加して感じられる。『…殺人事件』は格好の副読本といえよう。西村は『蝙蝠か…』で、小林氏に対し愛想が尽きていたように書いてるが小林氏は『…殺人事件』で西村が自分に未練たらたらだったように書いている。こういう所も面白い。
■「秋恵もの」終了以降の西村の作品を読んでいると「何のために生きる?」あるいは「何のために書く?」について繰り返し言及しており、その真摯さ、自己への厳しさを見ていると「梶原イズム」の影響を非常に感じる。西村は世代的にはギリギリ梶原世代といった生まれ年(1967年)。日記やエッセイなどでは梶原氏に言及してないが、実際はどうだったのか非常に気になる。

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