実録 リストラして残った人去った人 自分が立ち直るまで
大きくの企業は、黒字でありなからリストラをしていく。
為替の影響で黒字化しただけと言わんばかりに無慈悲な人事が行われていく。
子供がまだ小さいんです。と言った人に
条件は皆同じ、辞めるしかないと言う上司
その上司の背くと、冷酷な人斬り人事が、その人が無能なのが、メンタルを踏みつけるように人格を否定する。
最終的に、残れても社外出向ですと言われ、地方の別会社で掃除員としての業務を命令される。
それ以前は、追い出し部屋に入れて毎日、自分についての、作文を作る。
流石に飽きて来たら懲罰が待っている。
このやり方は、自殺者や自殺未遂が多発した
今は社外出向がメインで、80キロ以上体重があった40代男性が、3か月で20キロぐらい痩せて面会した。
彼は家族に会いたいと言って、泣きそうなっていた。
ガリガリに痩せてしまった人間は彼だけではなかった。
指が握力がなくなる ばね指 など多くの人はなっていた。
わたしは、会社に彼らあと定年まで15年ぐらいありますが、どうしますか?と言った。
15年とは、定年退職扱いが55歳なのだ。
話は戻るが、リストラ時は、警察OBをある目立たない部屋に配置していた。
勤務内で自殺や自殺未遂、暴力傷害の事件にならないよう会社が配置した。
わたしは、ろうわ者の彼と手話を混じりながら会話した。
彼は、笑顔で大手自動車メーカーで社員になると喜んでいた。
そして入社祝い金も100万円でるとも語った。
わたしは信じられない話を聞き、彼に笑顔でおめでとうと手話でいった。
でもやはりそれは、嘘だった。
要は釣り。気持ちを引っ張るだけに過ぎない。
そんな事が日常になってきた。
ここより良い就職を斡旋するで、退職の判子をつき、退職後は知らんぷりなのだ。
そして会社の思惑通りリストラに成功した。
そして残された人 わたしを含む
残された私は、一層心がズタボロになっていく。
そして時間が、あれば海外で1人自分を見つめるようになる
優秀で何でも早く修理した師匠のメカ職人もリストラで辞めていった。
就職も決まらないまま退職したが、3か月後保安工事メーカーに就職して安堵した。
そしてわたしはケジメで50歳で辞める決意をする。
会社にすれば、裏のことを知ってる人間に辞めてしまうのは避けたい思惑があったが、わたしは33年勤めた会社を退職した。
わたしには、家族がある大切でお金で買えない関係。
それ以上なにが必要か?
お金は大切です。
ですが健康がお金より上なのです。
拝金主義はある物を気づかず、有難い環境も見過ごしてしまいます。
大切なのは幸福であると言う事です。
凄くシンプル
そして感謝出来る環境に身を置く。
笑って明るく過ごせるようになっていきます。わたしのように
ありがとうございます😊


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