美大を出てないイラストレーターが見ている断絶の話
この話が届きやすい人・届きにくい人
この記事は私自身のポジションに依存したポジショントークです。ですので誰にとって参考になりやすいか、あらかじめ整理しておきます。
こういう人には多少役に立つかもしれません
美大や専門学校に通っていない、あるいは通えなかった
絵を本格的に描き始めたのが20代以降、もしくは社会人になってから
既存の学歴・所属ベースの権威構造に自分がうまくなじめない感覚がある
それでも絵を描くことを完全に趣味に留めるのではなく、ある程度は仕事として成立させたいと考えている
こうした条件に当てはまる方にとっては「似たような制約条件の中で、先に少し進んでいる人が、どの断絶をあきらめ、どの断絶を自分のゲームに組み込んだか」という意味で多少具体的な参考になる部分があるかもしれません。
逆にあまり当てはまらないかもしれない人
すでに美大や大学院で体系的な美術教育を受けている/受けてきた
既存の大学・企業・スタジオの内部でキャリアを積み、昇進やポスト獲得を目指している
「自分の名前よりも所属している看板を最大化したい」と考えている
実力があればなんでもできると考えている
こうした方にとってはこの文章で語っていることはあまり直接の参考にはならないかもしれません。その代わり「非・美大卒のフリーランスは、こんなふうに地形を見ているのか」という別視点として読んでもらえればそれぐらいの距離感が妥当だと考えています。
あと7,000文字前後あるのでめっちゃひまなときに読むことをおすすめします。
でははじめます。
私はいわゆる美大や専門学校で学んだことがありません。10代のころから一貫して美術教育を受けてきたタイプでもなく、スタートは20代中盤になってからと遅く、はじめからフリーランスでの活躍を想定していたわけでもなかったりとイラストレーターとしてのキャリアもかなり回り道でした。
それでもここ数年は企業や団体からいただく案件と、自主制作の物販などを組み合わせることでフリーランスとしての生活をなんとか維持しています。
音楽イベントのメインビジュアルを担当したり、スマートフォンアクセサリーのブランドや雑貨系のメーカーとコラボレーションしたり、イラストの専門書籍で講座を執筆したり、オンライン講座の講師を務めたりと、外から見ればそれなりにやっている人として認識される場面も増えました。
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ただ、それはあくまで「美大卒ではない」「20代中盤スタート」「30代前半フリーランス」という、かなり限定された条件から見た一例でしかありません。この文章に出てくる「断絶」という言葉も私自身の立ち位置や経験に強く依存したものです。
ですので、ここで書くことは業界全体の客観的な地図ではなく
「一人の非・美大卒フリーランス」が「自分の座標から見ている地形図のメモ」
ぐらいの距離感で読んでいただけるとちょうどいいと思います。
そのうえで自分も似たような場所からスタートしているかもしれないと感じる方には多少なりとも具体的な材料になる部分があるかもしれませんし、全然違うルートを歩んできたという方にとっては「こういう地形の見方をしている人もいるのだな」という観察対象として眺めていただければうれしいです。
ある交流イベントで感じた「層の違い」
私が「断絶」という言葉をきちんと意識して考え始めたきっかけは、ある大規模なクリエイター向け交流イベントに参加したことでした。
ゲーム、アニメ、出版、プラットフォーム、グッズ、音楽、配信系の事務所、XR系の企業など、さまざまな法人ブースが並び、そこにイラストレーター、漫画家、ゲームクリエイター、デザイナー、小説家、音楽関係者などが一堂に会する場です。
会場は想像していたよりも広かったのにもかかわらず、人が多すぎてすれ違うのにも少し気を遣うくらいの高密度でした。主催者発表によれば、のべ数千人規模の申し込みがあったそうです。
企業ブースが並び、ポートフォリオを掲示するコーナーがあり、案件募集の掲示板があり、懇親会のスペースがあり、それぞれの場所で名刺交換や立ち話が途切れることなく続いていました。
その中で印象的だったのは話した相手が作家でも企業側でも、ほとんど例外なく「ドット絵(ピクセルアート)のクリエイターさんって、なかなか会わないですね」と口にしていたことです。
私はここ数年、同人イベントや展示会、ピクセルアート系のオンリーイベントなど、いわゆる「ドット絵界隈」にもそれなりに関わってきました。そのため、自分の感覚としては「そこそこ人はいるはずだ」と思っていました。
しかし、この交流イベントのような“業界横断のごった煮”の場に出てみると
そもそもドット絵をメインでやっている人の絶対数が少ない
いたとしても「どの企業と、どんな仕事をして、どうやって生計を立てているのか」が他の参加者からはほとんど見えない
という現実がかなりはっきりしていました。
ここで私が言いたいのは
「ピクセルアートがマイナーだから大変です」という話ではありません。
この「なかなか会わないですね」という反応を通じて、同じ会場にいても自分と周囲の人たちとではそもそもプレイしているゲームの前提や層が違うという感覚が、かなり具体的な手触りを伴って立ち上がってきたということです。
一方で今回は自分なりに事前準備をして臨みました。
これまでの実績として
音楽イベントのメインビジュアル・グッズ・映像素材の制作
複数のコンシューマー向けブランドとのコラボレーション
作品やインタビューが専門誌やウェブメディアに掲載された経験
オンライン講座やワークショップの講師経験
自主制作の画集やグッズの制作・販売
といったものをまとめ、それをベースにした「ドット絵を使った施策案」のような企画資料を作りました。
当日はその資料を
クリエイターと企業をつなぐ仲介会社
オンラインゲームを運営する会社
キャラクターIPを多く抱える企業
エンタメ系の制作会社
グッズ制作や広告代理を行う会社
といった、「案件を受ける側」だけでなく「案件を配る側」「マーケティングやグッズ戦略のハブになる側」に近い立場の担当者に直接渡しています。
一方で参加したクリエイターの間では
名刺を何枚もらったか
SNSのフォロワーがどれくらい増えたか
といった指標で成果を報告しているレポートも多く見かけました。
それらを読みながら私は「それはそれでとても良い成果だな」と思う一方で「自分はちょっと違うレイヤーのゲームをしに来ていたな」とも感じていました。
同じイベント会場に立っていてもこれから商業案件を増やしたい人、すでにいくつかの商業案件を持ち、さらに上のレイヤーとの接点を増やしたい人、企業としてクリエイターや企画との接点を増やしに来た人などが混ざっています。
その「層の混在」を目の当たりにして、私は同じ場所にいながら、各自がプレイしているゲームのルールがかなり異なること、そしてその違いが積み重なると、後々に「断絶」と呼べるような差になっていくことを強く意識するようになりました。
この体験は断絶はたしかに存在していて、自分もそのどこかの層に位置していることを、かなり現実的なものとして自覚するきっかけになりました。
クリエイティブ業界にあるいくつかの「断絶」
ここからは少し抽象度を上げて、私が感じている「断絶」の種類を整理してみます。
ここで言う「断絶」とは
誰かにとっては一生かけても到達し得ないライン
そこを越えた人と越えられなかった人のあいだに生まれる、体験の共有のむずかしさ
のようなものです。
そのうえで、この文章では「断絶」を主に次の三つの階層差として扱います。
学歴による断絶
企業規模・クライアント規模による断絶
ネットワーク・所属による断絶
あらゆる業界にはこうした断絶がいくつかの層で重なり合いながら存在しています。
1. 学歴による断絶
もっともわかりやすいのは学歴です。
美術系の大学・専門学校を出ているか、そうでないか
その中でも、どの地域・どのレベルの美大か
といった区分けは露骨にランクづけされる場面は少なくても水面下の評価やチャンスの分配に影響を与えています。
たとえば
募集要項の応募条件に美術系の学歴が明記されている
教員やOB・OGが、若手を紹介するときの最初の候補に入りやすい
同窓ネットワーク経由で情報や仕事が回ってくる
といった部分です。
「作品が良ければ学歴は関係ない」という理想論はたしかにありますが、実際の現場では、応募数が多すぎるときにとりあえず学歴で一次的に絞るといったフィルタリングが行われていることも多いでしょう。また学閥という言葉もあります。
その意味で学歴は「入り口での断絶」を生みやすい条件だと感じています。
2. 企業案件・クライアント規模による断絶
次に大きいのは「どの規模の企業・クライアントと仕事をしたか」という断絶です。
誰もが知っているような大企業
業界内での知名度が高い企業・プロジェクト
同人プロジェクトや個人からの依頼のみ
といった違いはポートフォリオに並んだときの見え方を大きく変えます。
極端な言い方をすれば
このロゴを見せれば仕事の中身を詳しく説明しなくてもある程度の信用を先払いしてもらえる
という状態です。
これは、作品の質そのものとは別軸の話です。
同じクオリティの絵を描ける人が二人いたとしても一方がすでに大きな企業や有名プロジェクトとの実績を持ち、もう一方がそうでない場合、次の仕事がどちらに回りやすいかは、残念ながらかなり違ってきます。
3. ネットワーク・所属による断絶
さらに見えにくいレイヤーとして、「どのコミュニティや組織に所属しているか」「誰の弟子・後輩・元同僚として見なされているか」というネットワークの問題があります。
大手スタジオや有名プロジェクトの出身かどうか
特定の界隈やギャラリー、イベントに常連として出入りしているかどうか
業界内で「あの人のところの出身」として認識されているかどうか
といった違いは表からは見えにくいですが、紹介の数や質に大きく影響します。
ここまで来るともはや個人の努力だけではどうにもならない部分も増えてきます。自分で新しいネットワークを作ることも不可能ではありませんが、時間と労力のコストはかなり高くなります。
こうした複数の層が重なっていくことで「断絶」と呼びたくなるようなラインが少しずつ形づくられていくのです。
非・美大卒/20代中盤スタートから見えた壁
こうした「断絶」の中に自分がどう位置づけられるのかを考えるためにあらためて私の条件を整理してみます。
美術系の大学・専門学校は出ていない
絵を本格的に描き始めたのは20代中盤
現在30代前半で、フリーランスとして活動している
この条件で業界をのぞき込むとやはりいくつかの「越えにくい壁」が見えてきました。
1. 「最初の入り口」での不利さ
まず、募集要項に「美大・専門卒歓迎」「美術系の学歴がある方優遇」と書かれている時点で一歩引いてしまう感覚があります。
実際に応募して通るケースもゼロではありませんが、書類やポートフォリオが見られる前に条件だけで落とされる可能性は高くなります。
この段階の不利さは「作品を見てもらえれば勝負になる」という段階以前の問題です。
2. 経験値のスタートラインの差
10代から一貫してデッサンや基礎訓練を積んできた人と、20代中盤から独学で始めた人とでは練習量、課題・コンペの参加経験、絵を描くことが生活の中に組み込まれている年数などがそもそも違います。
もちろん、年数の差がそのまま実力の差になるわけではありませんが、長期的な積み重ねがものを言う部分は確実にあります。「今から数年間、美大に入り直すか」と考えても、現実的には選びにくい年齢になっていることも含めて、この差は精神的にも重くのしかかります。
3. 「最初の一本」が自力頼みになる
美術系の学校に通っている場合、先生や先輩、同期経由の紹介で「最初の一本」の仕事が決まることも珍しくありません。あるいは、インターンやアルバイトの延長で自然に案件につながっていくケースもあります。
一方でそうしたネットワークに属していない場合、自力での営業、SNSでの発信からの偶然の依頼、イベント出展からの細い導線に頼る割合が増えます。
私自身も最初のころは「どこに何を見せればいいのか」「誰にどう連絡すればいいのか」がまったくわからない状態からのスタートでした。
冒頭に書いたような交流イベントも「行ってみて、自分の立ち位置を確認する」というところから始まっています。
このように自分の条件を振り返ると「断絶」という言葉は決して大げさな表現ではないと感じます。学歴、経験年数、ネットワーク、それぞれの層で越えにくいラインが存在しています。
どの断絶を「自分のゲーム」に含めるか
ここまで書くと少し暗い話に見えるかもしれませんが、私が伝えたいのはだから何もかもあきらめるという話ではありません。
私があきらめずに選び取る価値があると思っているのは
すべての断絶を越えようとしない
どの断絶までを、自分のゲームの範囲に含めるかを選ぶ
この2つです。
1. 断絶の回避 「既存の権威ゲームを主戦場にしない」
たとえば、
美大に入り直す
有名企業の案件だけを狙い続ける
一流スタジオのアシスタントとして入り込む
といったルートは、たしかに「断絶の向こう側」につながる道です。
しかし私が自分の年齢や体力、メンタル、経済状態など、自分の状況を考えたとき、そこに全リソースを突っ込むのは現実的とは思えませんでした。
私は
美術系の学歴を持たないこと
スタートが遅かったこと
既にフリーランスとして動き出していたこと
を踏まえて「既存の権威ゲームを主戦場にしない」という選択をしました。
これは権威なんてどうでもいいと言いたいわけではなく、自分が払えるコストと、そこから得られるリターンを考えた結果です。どこまでを自分のゲームの範囲とし、どこから先は外側の世界として認めるかを自分で決めるようという覚悟でもありました。
2. 自分の取れる範囲のものを「権威化」していく
そんな考えから、私が重視しているのは自分が実際に取れる範囲のものを、できるだけ自分側の権威として育てていくという方針です。
やることはシンプルで当たり前なことなのですが、具体的には
いただいた案件に対して、クオリティと納期で誠実に応える
それらをポートフォリオや企画書として整理し次の依頼主に伝わる形にする
繰り返し依頼してもらえる関係性や紹介が生まれる関係性を少しずつ増やしていく
といったことを時間をかけて積み上げています。
音楽イベントのビジュアルや、コンシューマー向けブランドとのコラボレーション、書籍やウェブでの掲載、オンライン講座や展示の実績は、どれも一朝一夕にまとまったものではありません。
ばらばらに発生した仕事を自分なりに束ねて構造化し「ドット絵でこういうことができます」「こういう活用パターンがあります」と説明できるかたちにして交流イベントのような場で提示することで、少しずつ自分なりの権威をつくっていった結果です。
3. 「合わない相手を弾くフィルター」としての断絶
もう一つ意識しているのはあえてある種の断絶をそのままにしておくことで合わない相手を自然に遠ざけるというフィルター設計です。
たとえば「美術系の学歴がない人は基本的に信用しない」という価値観を強く持っている方、「有名企業との実績がないなら話にならない」というスタンスの方、「実力があればなんとかなる」と考える方にはこちらから無理に距離を詰めなくてもよいと考えています。
その代わり実績やアウトプットを見たうえで学歴にあまりこだわらない相手や一緒に仕事をする中で関係性を育てていくことに関心がある相手とのつながりを大事にしていくほうが長期的には健全だと思い、私は選択しています。
この意味で既存の権威ゲームに無理に適合しない選択をすること自体が「自分と相性の悪い人間を弾くフィルター」として機能すると感じています。
もちろん、これによって別種の断絶が生まれます。「特定の人とは関わらない人」というラベルを貼られる場面もあるかもしれません。ただその断絶は自分が選んだ結果なので、ある程度納得しながら付き合うことができます。
おわりに
交流イベントに参加して業界のごった煮の中に身を置いたとき、私はあらためてどこからスタートしたか、どこで誰とつながっているか、どのルートを歩いてきたかによって「見えている地形」や「プレイしているゲーム」が大きく違うことを体感しました。
そこにはたしかに「断絶」と呼びたくなるような差があります。学歴、企業実績、ネットワーク、年齢、身体やメンタルの条件など、個人の努力だけではどうにもならない部分が多く含まれています。
しかし同時にその全部を自分ひとりで埋めようとしなくてもいいのではないかという感覚も強く持つようになりました。
越えようとしても現実的に難しい断絶
越えるためのコストが、見合わない断絶
越えることに意味があると自分で判断した断絶
これらを区別しながら「自分がどのゲームを選ぶのか」を決めていくことは少なくとも私にとっては活動を続けるうえでの支えになっています。
断絶はたしかに存在します。
ただそのすべてを否定したり、すべてを乗り越えようとしたりする必要はないのだと思います。
どの断絶を前提として引き受け、どの断絶はあえて放置し、どこに自分のゲームボードを敷くのか。その選び方そのものがそれぞれのクリエイターのキャリアと生き方を形作っていくのではないか、というのがいまのところの私の実感です。
この文章が同じように「断絶」を意識せざるを得ない立場にいる誰かにとって、自分のゲームを選ぶときの材料のひとつになればうれしいです。
おわり



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