国内初「ベルーガの人工哺育」に挑戦 カマイルカでの経験「よし、やろうじゃないか」と

話の肖像画 鴨川シーワールドの獣医師・勝俣悦子<6>

鴨川シーワールド生まれのベルーガの子供たち。前からテオ、ヴィズ、リーナ (同館提供)
鴨川シーワールド生まれのベルーガの子供たち。前からテオ、ヴィズ、リーナ (同館提供)

《搬入以来45年、鴨川シーワールドで繁殖例がなかったベルーガ(シロイルカ)に、待望の赤ちゃんが誕生したのは令和3年7月。それも「ニーナ」「ビーツ」の2頭同時の出産だった。ところが2番目に誕生したビーツの赤ちゃんは生後まもなく、元気がなくなっていく…》

元気がなくなったビーツの赤ちゃんを予備水槽に移し、人の手で哺育することになりました。国内でベルーガを人工哺育した例はありませんが、やらなければ赤ちゃんは死んでしまいます。米国では先例があり、また当館にはカマイルカの人工哺育経験があったので、「よし、やろうじゃないか」と。

赤ちゃんの状態はかなり悪く、溺れてしまわないよう、飼育係がお手製の浮き具を作りました。鯨類の最期で多いのは溺死です。私たちと同じように肺呼吸をしているため、水面で呼吸ができなければ溺れてしまうのです。職員が交代で24時間付き添い、3時間おきに人工ミルクを与えました。この人工ミルクも試行錯誤でした。

職員みんなの頑張りで赤ちゃんは成長し、手製の浮き具に乗ったまま、尾びれを動かして水面を進めるように。勢い余ってプールの壁が迫ってもけがしないよう、浮き具の先端に逆Uの字形の緩衝棒を取り付けました。課長発案のこのアイデアの効果は絶大で、自由に泳ぐ赤ちゃんは2カ月後、浮き具なしで生活できるようになりました。

《赤ちゃんは順調に回復していった。それが今度は…》

赤ちゃんは健康状態が落ち着き、「ヴィズ」と名付けられました。ところが母親のビーツが出産から約3カ月後、感染症で亡くなってしまったのです。ベルーガは群れで暮らすので、どうやってヴィズを群れに戻すかが、新たな課題となりました。

同じころに生まれたニーナの赤ちゃん「リーナ」は、他のベルーガとの同居も経験していました。さて、人工哺育で自分のことを少し形の変わった人間とでも思っているふうのヴィズをどうしたものか。慎重に、群れが暮らす「マリンシアター」に入れてみました。すると、最初のころこそ一人きりだったのが、次第にリーナと遊ぶように。またリーナの面倒を見るのが好きな別のメス「ミリー」と、女子3頭の群れで泳ぐ姿も見られるようになったのです。

ヴィズは今でも人によくなついていて、いろいろな物や環境変化にも驚かないのでトレーニングが進み、同い年のリーナよりも一足先にパフォーマンスデビューを飾りました。お客さまの前で元気に泳ぐヴィズを見ると、よくここまで来られたなぁと、感慨深いものがあります。

《令和5年9月、今度はミリーがオスの赤ちゃんを出産した》

この子は「テオ」と名付けられ、大きく成長しています。興味深かったのは、妊娠期間がメスの2例より少し長く、体がリーナやヴィズより大きかったこと。体長で約30センチ、体重で約20キロ上回ったデカベビーでした。ベルーガの妊娠期間には雌雄差があるという論文を見つけましたが、実際に目の当たりにすると実に不思議です。だって、胎子の性別で妊娠期間が違うなど聞いたことがなかったもの。新しい「謎解き」です。

《立て続けに生まれたベルーガの赤ちゃんたち。ところで、その父親は…》

全職員が父親は平成28年にロシアから搬入した若い「ピーター」と信じていました。ベルーガの交尾は30秒ほどちょっとくっつくだけで、誰も見ていなかったので無理もありません。そこで外部機関に親子鑑定を依頼しました。結果が入った茶封筒を開いたのは私です。鑑定書を見て、びっくり。「99・9%の確率で『ナック』が父親」、と。ナックは昭和63年にカナダから搬入し、30年以上暮らす古参で、それまで繁殖のそぶりはまったくありませんでした。

「ナックだって…」。私がそうつぶやくと、ものすごいスピードで飼育係員室に広まっていきました。ミリーが妊娠したころ、ピーターは別の水族館におり、テオの父親もナック。若いピーターでなく、古参のナックが3頭の父親だったのです。(聞き手 金谷かおり)

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