2025年のノーベル物理学賞の題目は「電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」だそうです。
https://www.jps.or.jp/information/2025/10/nobel2025.php
ここに登場する
巨視的量子波動方程式
というのが(物理出身なのに)何も勉強してきておらず、一体何のことなのかよくわからなかったので、ちょいと調べ/学んだことをまとめておきます。
BCS理論
BCS理論は、超伝導現象のミクロ理論(の一種?)です。超伝導は、いわゆる温度がめちゃめちゃ下げると電気抵抗がゼロになるとか磁場がキャンセルされるとかで知られる例のやつ(?)で、それにミクロの量子統計力学的な説明をするのがBCS理論です。が、超伝導の現象論をこれまた不勉強で全く知らないので、そちらの方は省略します。ともかくある種の超伝導体のミクロモデルとしてBCS理論をとれる、ということは受け入れます。今回注目するのは量子系としての側面です。超伝導は、割といろんな素材で、とにかく温度めっちゃ下げればできるらしい。
BCSの定性的な説明としては、「フォノン(格子振動)を媒介した相互作用で、電子間に引力が働いた状態だと、電子がクーパー対を形成することでよりエネルギーを小さくできる」といった感じですが、まずこのことを計算します。
まず、想定している自由ハミルトニアンのエネルギー準位が「クーパー対」なるペアを成している、というところまでは前提します。そこで、最初からそういうモードで張ったフェルミオンフォック空間を考えましょう。
- クーパー対 p∈P
- デバイ周波数以下のクーパー対 D⊂P
- クーパー対の片割れ p+,p−
- エネルギーζp
p+,p−によって、準位そのものを表すとします。具体的には運動量とスピンですが、その構造はここでは必要ないので、pで準位のペア、+,−の添字でその準位そのものを表すシンボルとします。デバイ周波数云々というのは、エネルギー準位のうち、特定の帯域のものしかフォノン媒介相互作用が働かないためです。実質、Dに入らない準位はほぼ無視されます。
開始点となるハミルトニアンは
HBCS=p∈P∑ζp(cp+†cp++cp−†cp−)−V0p,p′∈D∑(cp+†cp−†cp′+cp′−)
のような形です。前半は自由電子のそれで、一切相互作用がない。後半は、ペアとなっている物を検出すると、やはりペアを放出して、エネルギーが下がりうるようになってます。
c∗,c∗†はおなじみCAR(Canonical Anticommutation Relation)を満たすラダーオペレータです。
{c,c†}=1
今非相対論的な電子を考えているとすれば、これはフェルミオン場ψ(x)があって、その場の演算子が
ψ(x)=p∈P,σ∑cpσfpσ(x)
のようになっていると想像できます。fp∗はつまりp∗に対応する固有関数です。
フォック空間の構造としては、これらモードを1粒子自由度として
Ff(C2#P)
のようになっています。が、予告したように、デバイ周波数帯域に該当しないP∖Dの部分は、理論上あんまり意味がありません。ハミルトニアンも、この準位の部分は自由電子部分にしか出現しません。フォック空間は
Ff(A⊕B)=Ff(A)⊗Ff(B)
のような構造をもち、ハミルトニアンのP∖Dの部分は加法的になっているので、デバイ周波数帯域外は同時対角化可能かつ一切エンタングルしてこない外系と考えることができます。そこで最初からトレースアウトしているものとし、フォック空間としてはFf(C2#D)で考え、ハミルトニアンも
HBCS=p∈D∑ζp(cp+†cp++cp−†cp−)−V0p,p′∈D∑(cp+†cp−†cp′+cp′−)
で考える事にしましょう。
残念ながらラダーオペレータ4次の項のスペクトルを解析的に調べる方法がないので、平均場近似をします。平均場近似とは、ある項をその項の平均値で置き換えてしまう操作です。ポイントなのが、その平均値が何なのかは近似した段階ではまだわかってないということです。未知変数でおいたあとで、あとで平均値を求め直し、矛盾しない値を決めます。
(A−⟨A⟩)(B−⟨B⟩)=AB−A⟨B⟩−⟨A⟩B+⟨A⟩⟨B⟩
という展開をし、左辺を0に近似すると、
AB=A⟨B⟩+⟨A⟩B−⟨A⟩⟨B⟩
です。
未知の平均パラメータとして、
Δ=V0p∈D∑⟨cp+cp−⟩
を取ります。そしてこれによって∑p∈Dcp+cp−の項を置き換えてしまいます。結果平均場ハミルトニアンは
HMF,Δ=p∈D∑ζp(cp+†cp++cp−†cp−)−V0p,∈D∑(Δ†cp+cp−+Δcp+†cp−†)+V0∣Δ∣2
となります。この形のハミルトニアン、つまりラダーオペレータの(1,1),(0,2),(2,0)次からなるものは、ボゴリューボフ変換によって対角化できます。対角化という言い回しが曖昧ですが、第二量子化の文脈でいうときは、ラダーオペレータ(1,1)次の第二量子化作用素に変換するということです。
どのようなボゴリューボフ変換か?今異なるpについてはハミルトニアンは加法的かつ(偶数次なので)可換です。ということは、pが異なるものは最初から独立して考えればよく、せいぜいクーパー対の間での交差が起きる変換を考えれば十分です。
そもそもボゴリューボフ変換とは何か?ですが、これはラダーオペレータの線形変換と対応するフォック空間のユニタリ変換のことです。ややこしいのですが、2通りの述べ方ができます。
- 既知のラダーオペレータの線形結合である(CARを満たし真空をもつ)別のラダーオペレータを見つける
- 既知のラダーオペレータのユニタリ変換が既知のラダーオペレータの線形結合になるユニタリを探す
そして、これはどちらでも同じことです。一意的な真空とラダーオペレータがあれば、フォック空間をいつでもユニタリに張り直すことができるので、(前者)⇒(後者)です。そしてユニタリ変換であればCARと真空の関係は当然保たれ、真空とラダーオペレータはフォック空間で稠密なので、(前者)⇐(後者)です。
ということで、伝統にしたがって、前者の述べ方をしましょう。それはラダーオペレータの線形関係を課し、新しく定義されたラダーオペレータの真空の存在を示せばよいです。dp∗,dp∗†を新しいCARを満たすラダーオペレータとし、
cp+cp+†cp−cp−†=updpp++vpdpp−†=vpdpp−+up†dpp+†=updpp−−vpdpp+†=−vp†dpp++up†dpp−†
の関係とします。このようにすると、c,dのCARが成り立つにはあと∣up∣2+∣vp∣2=1が満たされればよく、
U=[up,vp−vp†,up†]
はSU(2)になります。平均場ハミルトニアンは
HMF,Δ=p∈D∑[cp+†,cp−][ζp,−Δ−Δ†,−ζp][cp+cp−†]+V0∣Δ∣2+p∈D∑ζp
であるので、実はUを
M=[ζp,−Δ−Δ†,−ζp]
を対角化U†MU=…するようなユニタリのうち、det=1なものから選べばよいとわかります。その一例は例えば
upvpΔEp=2EpEp+ζp=eiϕ2EpEp−ζp=∣Δ∣eiϕ=ζp2+∣Δ∣2
と出来ます。ここでΔの位相ϕが変換係数に出てくることが(量子力学としては)重要です。他の出方もありますが、ともかくどこかには出てきます。このとき新しいラダーオペレータでは平均場ハミルトニアンは
HMF,Δ=p∈D∑Ep(dp+†dp++dp−†dp−)+V0∣Δ∣2+p∈D∑(ζp−Ep)
と自由電子的になります。このためこれの有限温度状態を考えるのは容易で、各準位ごとにフェルミ分布関数
f(Ep)=eβEp+11
だけ占有されていると考えればよいことになります。ただし、この準位とはdp∗,dp∗†で貼られる準粒子描像の準位です。そこでΔの平均を計算すると、
Δ=V0p∈D∑⟨cp+cp−⟩=V0p∈D∑⟨(updpp++vpdpp−†)(updpp−−vpdpp+†)⟩=V0p∈D∑upvp(1−2f(Ep))=eiϕp∈D∑2EpEp2−ζp2(1−2f(Ep))=Δp∈D∑2Ep1(1−2f(Ep))
これより自己無撞着方程式
Δ=Δp∈D∑2ζp+∣Δ∣21tanh2βζp+∣Δ∣2
となります。Δを両辺からおとしていないのは、自明な解Δ=0がありえるからで、これ以外にΔ=0がありえるか、というのが問題になります。これは具体的にエネルギー準位を用意して評価するしかありませんが、ある温度以下ではΔ=0な値がありえ、これが相転移温度となります。
dp∗,dp∗†の表示では、「真空」のエネルギーは
V0∣Δ∣2+p∈D∑(ζp−Ep)
となっており、ここから準粒子を励起させるにはEp=ζp2+∣Δ∣2のエネルギーが必要となります。このことがこの状態を安定に保ちます。
BCS状態の自由度
さてそもそもdp∗,dp∗†の「真空」(BCS状態)というのを明示的に与えていませんでした。これはdのkerとして求めることができ、
∣ϕ⟩=p∈D∏(up†+vpcp+†cp−†)∣0⟩
です。これはボゴリューボフ変換係数の選択によりますが、upまたはvpにはΔの位相ϕが含まれています。Δの位相は相転移を説明するだけならどうでもよいですが、量子力学的には非常に重要です。一旦
upvp=2EpEp+ζp=Up=eiϕ2EpEp−ζp=eiϕVp
とおいて、位相ϕの出現を明確にします。ϕをどこに出現させるかは流儀によりけりですが、一旦固定するのです。このときは
∣ϕ⟩=p∈D∏(Up+eiϕVpcp+†cp−†)∣0⟩
となっている。BCS状態は、位相の不定性、ないし自由度があるということです。Δの大きさは自己無撞着方程式で決まりますが、位相は決まりません。相転移した結果実現する状態には、今純粋状態だとしてもすくなくともU(1)の不定性があるということになります。
これは曖昧な言い方です。U(1)の自由度がある?どういうこと?
しかし一つの極限をとると、これは本当にU(1)の自由度だと思うことができます。
BCS状態の、異なるϕでの内積を取ります。Up2+Vp2=1を利用します。
⟨ψ∣ϕ⟩log∣⟨ψ∣ϕ⟩∣=p∈D∏(Up2+Vp2ei(ϕ−ψ))=p∈D∑logUp2+Vp2ei(ϕ−ψ)=21p∈D∑log(1−4Up2Vp2sin22ϕ−ψ)≤−p∈D∑2Up2Vp2sin22ϕ−ψ=−p∈D∑2(ζp2+∣Δ∣2)∣Δ∣2sin22ϕ−ψ
最後の係数は、系の状態数密度によりけりですが、系のサイズを大きくしたときには状態数が大きくなって発散します。つまり、十分大きな系を用意すると、そのBCS状態のうち、Δの位相が異なるものは、漸近的には直交していることになります。
直交しているなら、個々の∣ϕ⟩は真に量子的自由度だと思えます。つまり、温度を落として相転移状態を維持している間(d,d†の真空に居る間)、この量子系は実質的にL2(S1)であるような量子系ということになります。
ここまで具体的なpとかζpの値とかに触れてきませんでした。そうした詳細を一切無視しても、単にここまでの機構を共有して、ともかく超伝導相転移を起こしていれば、それは実質的にL2(S1)の量子系になってしまうということです。
ゲージ自由度(を回避する)
が、実は1つ罠があります。というのも、このU(1)自由度は、実際には触ることが出来ません。
cp∗は、電子の第二量子化による場の演算子のようなものだとしました。
ψ(x)=p∈P,σ∑cpσfpσ(x)
ところで、電子の波動関数は、明らかに大域U(1)ゲージ対称性があります。これはゲージ対称性なので、直接観測可能な物理量として出てくることはありえないし、操作することもできません。この大域ゲージ変換は、フォック空間にも引き継がれています。それはU(α)というユニタリがあって、
U(α)=exp(iαN)N=p∈P∑(cp+†cp++cp−†cp−)
という具合に作用しています。これには物理的にアクセスできない、ということは、このゲージ変換として書けてしまう自由度もまた、一切利用できないことになります。そして
Ncp+†cp−†∣0⟩U(α)∣ϕ⟩=2cp+†cp−†∣0⟩=∣ϕ+2α⟩
であるため、まさにこの位相はゲージ自由度です。ということはこの自由度は実は操作も観測もできないことになります。
これ以外にももう一つ問題はあり、L2(S1)という量子系であれば、S1と相補的な別の変数がほしいところです。それはフーリエ級数l2≃L2(S1)を考えれば、Zのスペクトルを持つものですが、今、BCS状態であと観測できそうな量は上記のNだけです。しかしこれは非負値しかとらない上に、今BCS状態には偶数個の電子しか入っていないので、常に偶数をとります。なんだか収まりが悪いです。
ところが、これを回避する方法があります。系を2つ以上用意すればいいのです。
フォック空間の合成系(テンソル積)を作るには、もとの1粒子自由度空間を直和すればいいのだから、モードの集合を倍にすればいいです。DA⊂PA,DB⊂PB,D=DA+DB,P=PA+PBみたいにモード集合を増やし、簡単のため、両者のζp,∣Δ∣などはすべて共通にしましょう。
そして両系とも相転移状態にあるとします。つまり、どちらもBCS状態に入っています。そうすると系の純粋状態は
∫dϕAdϕBf(ϕA,ϕB)∣ϕA⟩∣ϕB⟩
のようなものになっています。つまり、自由度はL2(S1×S1)です。
ここで、Φ=21(ϕA+ϕB),Ψ=ϕA−ϕBと変数を取り直して
∣(Φ,Ψ)⟩=Φ+2Ψ⟩Φ−2Ψ⟩
とします。すると、電子波動関数の大域U(1)対称性とは、「全電子について」一斉にかかるのだから、
U(α)NANBU(α)∣(Φ,Ψ)⟩=exp(iαN)=exp(iα(NA+NB))=p∈PA∑(cp+†cp++cp−†cp−)=p∈PB∑(cp+†cp++cp−†cp−)=U(α)Φ+2Ψ⟩Φ−2Ψ⟩=exp(iαNA)Φ+2Ψ⟩exp(iαNB)Φ−2Ψ⟩=Φ+2Ψ+2α⟩Φ−2Ψ+2α⟩=∣(Φ+2α,Ψ)⟩
です。Φは依然としてゲージ自由度であり、触ることはできません。しかしΨはまだノータッチで残っています。
では、Ψの自由度に触ることができるのか? というと、なんとできるようです。超伝導体2つを接近させて、双方の電子が僅かに行き来できるようにした時、その相互作用のBCS状態での有効ハミルトニアンが、
EJcos(ϕA−ϕB)=EJcos(Ψ)
になるようなものを作ることができるらしい(ジョセフソン接合)。これは位相差に関する掛け算作用素に相当すると考えられます。さらに、NA,NBは今両系の位相シフトの生成子なので、粒子数差Z=41(NA−NB)という量を作れば、
exp(iαZ)∣(Φ,Ψ)⟩=exp(4iαNA)Φ+2Ψ⟩exp(4−iαNB)Φ−2Ψ⟩=Φ+2Ψ+α⟩Φ−2Ψ+α⟩=∣(Φ,Ψ+α)⟩
であり、したがって、ZはΨのシフト生成子ということになります。シフト生成子なので[Ψ,Z]=iを満たします(ΨはU(1)全体の掛け算演算子にはできないので、[Z,eiΨ]=eiΨ)。これはΨ,ZがあらためてL2(S1)≃l2に相当する相補的な量子力学的自由度を張っていることと同じです。残りの大域U(1)自由度(Φ)のほうは、どのみち絶対に触ることができない(できたらゲージ原理に反する)ので、放置しても無害のはずです。
そういうわけで、超電導状態にある電子系2つの「間」には、いつでもL2(S1)というシンプルな量子系が控えていて、その基本的な変数として位相差と粒子数差を利用できることになります(マジで?)。
さてそうすると、超電導状態の電子系は、ものすごく冷やしておく必要はありますが、系としてはそれなりに大きく、安定しています。少なくとも量子力学が従来活躍していた(?)原子分子のスケールに比べれば桁違いに大きいし、BCS状態から逸脱するにはそれなりにエネルギーが必要です。ここまでの話をまとめると、それを色々くっつけて相互作用させると、その「間」に操作可能な量子系が成立していることになる。めちゃくちゃデカい上に素直な自由度をもつ安定した量子系が手に入っていることになります(マジで??)。
そしてこのデカい量子系を使って、本当に量子系特有の実験ができた(エネルギー量子化/トンネル効果)、というのが今回の題目ということでしょう。おったまげた、こりゃノーベル賞ですね(マジで???)。
巨視的波動関数というのは、つまり超伝導体を沢山つなげることで、それぞれの場所に位相ϕの自由度を発生させたときの、その変動(Ψ相当の異なる場所の差分)のことでしょう。これはmod2πの値であると同時に、一箇所での値そのものはゲージ自由度のため意味がなく、変化にのみ意味があるため、普通の波動関数とは勝手が違いますが、確かに量子力学的自由度であり、文字とおり巨大です。
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