【レポート】「フジタの猫」は何を「洋画」にもたらしたのか――府中市美術館で「フジタからはじまる猫の絵画史 藤田嗣治と洋画家たちの猫」12月7日まで
| フジタからはじまる猫の絵画史 藤田嗣治と洋画家たちの猫 |
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| 会場:府中市美術館(東京都府中市浅間町1丁目3番地、都立府中の森公園内)、2階企画展示室 |
| 会期:2025年9月20日(土)~12月7日(日)。 |
| 休館日:月曜休館。ただし、10月13日、11月3日、24日は開館し、10月14日、11月4日、25日が閉館 |
| 開場時間:10:00~17:00(入場は16:30まで) |
| アクセス:京王線府中駅のバスターミナル7番乗り場から、ちゅうバス(多磨町行き)に乗り、「府中市美術館」で下車すぐ。京王バスであれば、武蔵小金井駅行き(一本木経由、武71)に乗り、「天神町二丁目」で下車すぐ。武蔵小金井駅行き(学園通り経由、武73)、国分寺駅南口行き(東八道路経由、寺92)に乗った場合は、「天神町幼稚園」で下車、徒歩8分。東府中駅北口からは徒歩17分、ちゅうバスにも乗れる。JR中央線武蔵小金井駅からは京王バス府中駅行き(一本木経由、武71)に乗り、「一本木」で下車すぐ、府中駅行き(学園通り経由、武73)に乗った場合は「天神町幼稚園」で下車。JR武蔵野線北府中駅からは京王バス府中駅行き(東八道路経由、府02)に乗り、「天神町幼稚園」で下車。 |
| 入館料:一般1000円、高校生・大学生500円、小・中学生250円 ※10月11~13日は、「市民文化の日無料観覧日」のため、入場者は無料。ただし、混雑時には入場制限を行う |
| ※詳細情報は公式サイトで確認を ※一部作品の入れ替えあり |
「乳白色の肌」の女性像で有名なレオナール・フジタこと藤田嗣治だが、猫の絵が多いことでも有名だ。数多くの自画像の肩や脇からは猫がひょっこり顔を出しているし、様々な猫の姿を描いた版画集なども出している。後年、これもまた数多く描いたおでこの広いアンティークドールのような少女だって猫を抱いていることが多いのである。
では、なぜ、フジタは積極的に猫の絵を描いたのか――。もちろん好きだったこともあるだろうが、それだけではとどまらないヒミツがあるのではないか。そこに思考のベクトルを向けたのが、今回の展覧会である。そういう「フジタの猫」は同世代の、あるいは後の世代の洋画家たちにどのような影響を与えていったのか。猫をキーワードにして、日本の洋画史を眺め直そうという試みでもある。
展覧会は〈1章 「フジタからはじまる猫の絵画史」、その前史〉〈2章 フジタの猫の絵の変遷〉〈3章 フジタ以降の猫の絵〉の3章に分かれる。19世紀以前の伝統的な西洋絵画では、ネコだけでなく動物そのものが絵の「主役」となることが少なかった。絵画の王道は、人物画であり、宗教画・歴史画だったのである。動物が描かれる場合には、何かの象徴的な意味を持たせることが多く、猫であれば「怠惰」や「色欲」の寓意であることが多かった。
日本では状況がまったく違う。〈日本には動物絵画の深い歴史がある〉と展覧会図録の中で学芸員の音ゆみ子さんは書く。〈その豊かさは「ただ動物をえがいただけでは芸術にならない」とされた西洋と比べると、さらに際立つ〉。そういう「動物画」の伝統は、こちらが思っている以上に西洋人の心に刺さっていたようで、やはり音さんによると〈西洋では「日本は動物の絵が得意な国」というイメージが定着していた〉そうだ。
そういう時代、東西の「フジタ以前の猫」を集めたのが1章。菱田春草らの描いた「日本の猫」とともに展示されているのが、19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍したスタンランの猫の絵。19世紀産業革命とともに市民社会が発展し、芸術を楽しむ層が広がった19世紀になると、西洋の絵画観も徐々に変化していった。スタンランの絵も、大衆的な人気を集めるようになった。
そういう前史を引き継いで登場した2章の「フジタの猫」。それが藤田嗣治という画家の個人史とともにどのように変化していったのか。その変遷を見せていく。「乳白色の肌」で人気になったフジタは「技法は日本、モチーフは西洋」というコンセプトで絵を描いていた。本格的に猫を描くようになるのはその「乳白色の肌」よりも後、自画像を積極的に描き始めてから。〈おかっぱ頭の風貌と共に、猫は藤田のトレードマークとなっていくが、それは本人が意図して広めたものだったのである〉と音さんはいう。
以来、フジタは猫を描き続ける。西洋絵画の伝統に沿ってその獣性を強調した作品を描いた時期を経て、戦後、擬人化されたネコが人間のようにふるまう《猫の教室》のような楽しい絵を描くようになる。音さんは分析する。〈それは西洋の絵画芸術の枠にとらわれない自由でのびやかな創作だった。日本の伝統を背負い、本場に負けない西洋絵画をえがこうと奮闘し続けた画家が辿り着いた新境地だったと言えるだろう〉。
つまり、「フジタの猫」は、藤田嗣治という日本人の洋画家が母国の伝統と異国の技法をどのように融合させていったかという象徴だったといえそうなのである。
「フジタの猫」は、他の洋画家にも少なからず影響を与えた。〈猫が西洋絵画にはない、日本の洋画特有のモチーフとなるのは「フジタの猫」の誕生以降なのである〉と音さんは記す。では、日本人は洋画というジャンルの中でどのような猫を描いていったのか。それが3章で紹介される。洋画家たちは、動物に対する見方や構図の取り方など、日本と西洋の伝統にどのように向かい合っていったのか。作品制作にあたって、猫を通じてどのように自身を表現したのか――。フジタとはまったく違った形で猫を描いた画家として紹介されるのが、猪熊弦一郎だ。猫の姿をデフォルメ、抽象化するスタイルは、他の画家にも広まり、ユーモアたっぷりの作品が数多く生み出されたという。「フジタの猫」は日本人の描く「洋画」の中にしっかりとした立ち位置を得、発展をし続けているのだ。
図録をもとに、展覧会の意図を筆者なりに咀嚼して書いてきた。とはいえ、そんなことを考えなくても、この展覧会は単純に楽しい。「フジタの猫」は、長く人間ととともに暮らしてきた「ペット」としての顔と、獲物を狙う小型肉食獣としての「野性」の顔が、絶妙にブレンドされていて、かわいいけどちょっと神秘的な雰囲気を漂わせているからだ。そんな「フジタの猫」とともに、日本の美術史を飾るアーティストたちによる猫を愛でる。それだけでも猫好きにはたまらない、そんな展覧会なのである。
(美術展ナビ取材班 田中聡)
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