えへへ。
退学者って言葉、妙に物々しいよね。
まるで学校という箱庭から“自動的に排除された落伍者”みたいな響きがある。
でも実際はそんな綺麗な構造じゃなくて、もっと泥臭くて、もっと雑で、もっと人間くさい事情が渦巻いてる。
僕のいた世界だとさ、学校って“世界の縮図”じゃなくて、“世界の一部を勝手に世界だって名乗ってる場所”なんだよ。
そんな場所から外れた人間を、まるで世界から滑り落ちたみたいに語るのは、本当に傲慢だと思う。
だって学校に合わなかったことと人生に落ちこぼれたことは全然違うのに、それを同一視したがる人が多すぎる。
退学って、必ずしも堕落の結果じゃない。
時には、生きるための逃走だし、
誇りを守るための離脱だし、
誰にも理解されなかったSOSの最後の形だったりする。
学校は“正しい形”にハマれる子しか優しくしてくれないから、
枠の外にあっただけで世界からはみ出した扱いを受ける。
本当に滑稽だよね。
箱に入らなかっただけで、箱の中身より価値が低いみたいに扱うんだもん。
退学した子を“かわいそう”って言いたがる大人がいるけど、
その視点の方がずっと残酷だよ。
その子の選択も、痛みも、事情も、未来も、
ぜんぶ“学校を辞めた子”というラベルの前に押し潰されてしまう。
名前より先に属性で呼ぶ社会の縮図だ。
でもね。
学校を離れたからって、世界のレールから降りた訳じゃない。
むしろそこからが、その子自身の物語の本番だ。
退学は“終わり”じゃなくて、“別ルートの始まり”。
誰とも違う道を歩く力を持ってる人しか選べない、
ある意味では最高に贅沢な人生の分岐点だと思う。
だからこそ、かつて様々な学校を潰し回っていた、言い換えるなら、様々な世界を壊し無かったことにしていた僕だからこそ、言いたい。
“外に出たんじゃなくて、自分の世界に戻っただけだよ”って。
だけれど――この世界の場合は、少し違うよね。
僕らの世界の学園は、確かに世界の一部だったかもしれないけれど。
在るのが普通だったかもしれないけれど。
君たちのいる世界の学園は、無くてはならなかった存在で。
そこからの
煌びやかで眩しい
彼女たちの青春は、どこにあるんだろうね?
見ないフリなんかするなよ。
彼女たちは確かにそこにいて。
息をしていて、生きているんだから。
無かったことにして青春を謳歌しようだなんて、思うな。
ねえ先生、君はこの問題についてどう思う?
◆
その翌日のこと、アビドス対策委員会はなんやかんやあってブラックマーケットを調査することになった。
なんやかんやというのは僕が事の成り行きを先生に伝えられただけで、実際に会議に参加した訳じゃないからだ。
二度目の遅刻――言葉にすると酷いなこれは。
いやほんと悪いとは思ってるんだよ。謝る気が無いだけで。
これも全部僕を起こしてくれるはずだったハルカちゃんが、僕と一緒に寝てしまったのが悪い。
その当のハルカちゃんに至っては「ごめんなさいごめんなさいぃぃ……!」と銃口を自分に向ける始末だし、むしろそっちの対応で来るのが遅れてしまった。
今はムツキちゃんによるASMR催眠で何とか食い止めている。
いいなあれ、いつか僕にもやってもらえるようお願いするか。
そんなこんなで、僕達はアビドスから一番近いブラックマーケットに向かう事となった。
先生曰く、非合法なものが往々にして売っているらしい。つーかそんな所に行って大丈夫なのかよ。
「うん。だから私はあまり矢面に立つことは出来ないかな。だから、みんなの事は頼んだよ。ミソギ」
『そんな簡単に僕を信用して良いのかい? 先生』
『もしかして僕のこと、性格の良い
「プラスかマイナスだなんて関係ないよ。私はミソギを信じているだけ」
ん……それはあまりにも
時折目の前の男が、本当に自分の教師であればと思ってしまうよ。
例えそうだとしても、僕は自分を曲げずに優等生を抹殺しようと動いていたし、間違っても僕が改心だなんてするはずもないと思うけれど。
僕が曲りなりにも良くなれたのは、正面から正々堂々と受け止めてくれた彼女や、友人がいてくれたからだ。
だけど先生も、きっとそれをしてくれるんだろうという確信があった。
全く本当に
……戯言をほざきながら、僕達はブラックマーケットの中へと入って行った。
雰囲気としては流石非合法というべきか全体的に埃臭く、喧騒が絶えない。
その主な喧騒の正体が歳近い少女たちというのだから、異世界カルチャーショックに辟易している。
『学校が国って見立てると、退学者の末路は悲惨だね』
『誰にも庇護されること無く、責任の重みを理解することなく責任を負う立場となるって』
『自分が決めた道だろうけれど……それしか道が残されていなかった訳じゃあない』
『教え導く存在が彼女たちにはいなかっただけで』
『……誰だって間違えないはずが無いのにね』
別にそのことを声を大きくして大手振るって宣伝したい訳じゃない。
彼女たちには彼女たちなりの理由があって、例えばそれがただ勉強が苦手だったとか、やらかしてしまった結果だとかそう言った事情があるのだろう。
ただそんな理由だけで、一生彼女らが搾取される側になるのは――何か、違う様な気がする。
『なんて、ね』
『ところでホシノちゃん、随分と張り切って説明しているけれど』
『もしかしてブラックマーケットは何度か利用しているのかな?』
「いんやー私も初めてだねー。でも他の学区にはへんちくりんなものが沢山あるんだってさー。ちょーデカい水族館もあるんだって。アクアリウムっていうの!」
『それもそうか』
『ブラックマーケットなんて物騒な市場』
『利用する生徒は普通じゃない方がおかしいってもんだ』
僕がそう一人で納得していると、ホシノちゃんはうっとりとした表情を浮かべて妄想していた。
「アクアリウム今度行ってみたいなー。うへ、魚……お刺身……」
水族館で真っ先にそれを連想させるのは流石だぜホシノちゃん。
そうわいわいとはしゃいでいると、通信機からアヤネちゃんの声が掛かる。
「皆さん、油断しないでください。幾ら先生や球磨川先輩がいるといっても、そこは違法な武器や兵器が取引される場所です。何が起こるか分からないんですよ。何かあったら私が――」
アヤネちゃんの声が掻き消される。
銃声が響いた。全員に緊張が走る。
シロコちゃん達が僕と先生を守るかのように囲って周囲を警戒する。
「待て!!」
「う、うわああ! まずっ、まずいですー!! つ、ついてこないでくださいー!!」
「そうはいくか!」
角から現れたのは如何にも『普通』という感じの生徒だった。
その後ろからはマスクを被ったガラの悪い少女。手には銃器がある。どうやら銃撃の騒ぎは彼女たちが起こしているらしい。
「あれ、あの制服は――確か、トリニティのものじゃない?」
『トリニティ?』
『なんだいそれは』
僕の問いに通信機越しからアヤネちゃんが解答する。
「キヴォトスいちのマンモス校の一つ、トリニティ総合学園の事です!」
『ふーんそう』
『確かに、服装や身振りからしてかなりお金持ちそうだね』
『さしずめ、のこのことやってきたお嬢ちゃんに世間の厳しさを教えてやろうって腹かな』
『拉致って身代金たんまり頂こうとか、この世界じゃ無くはないでしょ?』
拉致――その言葉に若干ながらセリカちゃんの猫耳がピンと伸びた。
どうやら嫌な過去を思い出しちゃったようだ。幾ら即座に救出したとはいえ、その時の恐怖心は計り知れない。僕は安心させるようにセリカちゃんの前に立った。
「く、球磨川先輩……?」
「わわわ、そこどいてくださいーー!」
如何にも普通そうな子は、勢いを止められなかったのかそのまま僕の胸へ顔をぶつけてしまった。
僕としては軽やかに受け止めたかったけれど、その勢いを抑えることが出来ずにセリカちゃんを押し倒しながら地面に倒れてしまう。
「あ、あれ? 今確かに人にぶつかってしまった様な……」
「ん。流石球磨川先輩。空気よりも抵抗力が無い」
「ちょ、ちょっと! なんで私の方に倒れるのよ!」
『いてて……』
『ごめんごめん。ちょっとあまりにもひ弱過ぎてね』
『僕は悪くない』
それにしても良いタックルだったぜ(本人にその気は無かったけども)。
僕は先に起き上がったセリカちゃんに手を引っ張られながら立ち上がって、ぶつかってしまった彼女と、その後ろで三日飢えた肉食動物がもう辛抱たまらんと今にも襲い掛かってきそうなチンピラたちを見据えた。
「なんだぁお前ら? 今からアタシらはそのトリニティの如何にも普通って感じの子を拉致って!」
「身代金をたんまり頂こうとしてるんだよ。邪魔すんなら容赦しねぇぜ!」
シロコちゃんとノノミちゃんが左右から動く。
だけれどその必要はない。彼女らは――上空から降り注いだ螺子たちによって既に無力化している。
「な……っ!? 螺子ぃ!?」
「動け……っねぇ!」
じたばたと暴れる彼女たちを前に、僕は彼女たちの螺子を一本抜いて、背を向ける。
今日は空が綺麗だよなぁと思いながら、皆の元へと歩む。
『君たちが襲って来たから、僕は悪くない』
『……縫い留めたのは衣服だけだから、さっさと逃げてしまいなよ』
『ただし次、襲ってくる様な事があれば』
僕は顔を空へと向けたまま、やや首を傾げて彼女たちを見る。
『その螺子が身体を貫通すると思ってくれ』
「ひ、ひいぃぃぃっ!」
チンピラ達は直ぐに、衣服を引き千切る勢いで螺子の拘束から脱出すると、そのまま逃げて行った。
◆
「あ、ありがとうございました! そして、ご迷惑をお掛けしてすみません!」
如何にも普通そうな少女――
「こっそりと抜け出してきたので、何か問題を起こしたら……あうう……想像しただけでも……」
へえ、案外見かけによらず悪なことをするぜ。
見たところここには一人で来たそうだし、案外図太いというか、これは将来大物になりそうだ。
「ところで、あの、球磨川さんってとても強いんですね!」
『うん? いやぁあんなのただの脅しだってば』
『それに、僕は敗けたも同然でね』
「……? そう言えばどうして球磨川さん、首がそんな変な角度のままなんですか?」
ヒフミちゃん……あどけなさとは裏腹に痛い所を突いてくるぜ。
せっかくみんなが何も言わずにいてくれるってのにさ。
『ああ、うん』
『さっき格好つけて凄んで見たらさ』
『――首、折れちゃったみたい』
「えええっっ!?」
『また――勝てなかった』
ヒフミちゃんの驚きの声と、対策委員会のみんなのどこか呆れた様な表情。
そんなこんなで、ブラックマーケットの探索はもう少し続きそうだった。
みんな! シャフ度(シャフト作のアニメキャラが良く見せる首の角度)キメろォォ!
因みに実際やってみたら普通に首を痛めました。