『大嘘憑き』なんて、とんだ冗談だと思わないかい?
だって、嘘って普通は世界を騙すための道具なのに、僕の場合は逆で――“世界のほうが嘘に騙されてくれる”んだよ。
まるで世界がぼくのことを可哀想に思ってご機嫌取りをしてくれてるみたいじゃないか。
名瀬ちゃん……僕のいた世界の友人は言っていたよ。
“
いやいやいや。
なに言ってるの。
こんなの、強さでもなんでもない。
これはただの“逃げるための裏口”の集合体だ。
ぼくの人生に、裏口だけが無限に増えていくイメージ。
正面玄関なんか一度も通ったことがない。
本来、現実は残酷で、失敗は消えないし、後悔は背中に貼り付いて落ちないし、罪は忘れた頃に膝を殴ってくる。でも僕だけは、それを“無かったことにできてしまう”。
ね?
これ、便利なんかじゃなくて――僕を弱くするためのものなんだ。
失敗を無かったことにすれば、
ぼくは失敗から何も学ばない。
後悔を無かったことにすれば、
ぼくは後悔と共に成長できない。
罪を無かったことにすれば、
ぼくの心に重さが残らない。
重さがない人生なんて、
風が吹いただけで倒れる紙細工みたいなもんだよ。
かつて一人の大嫌いで大好きな
親が先か卵が先かの問題でしか無いね。
とにかく。
この能力は、僕が敗ける事を否定すると共に、勝ちにいく未来を全てを“無かったこと”にしてしまう。
僕が努力して、
僕が前を向いて、
僕が誰かを助けて――
そういう“正しい勝利”を手に入れようとすると、いつの間にか勝手に裏口が開いて、全部台無しにしてしまう。
結局の所ね、自分の人生の足を引っ張るのは、いつだって自分自身なんだよ。
それは、取り返しがつくようになった今でもそう思う。
もしかしたら、だから安心院さんは最後に、僕にあの能力を授けたかもしれないな。
人は成長するものだ。ただしそれは自己満足では無く、自己否定から成り立つものでもなくて、人との触れあいでしか学べない。
そう考えると、かつての『
うん、だってさ。
無かったことにしたということは、“もう一度やり直せる”って事だよね。
だって、無かったことにしたなら、
もう一度ちゃんと“あることにしてやる”チャンスもあるわけでしょ?
それって案外、前向きっていうか……うん、悪くないよね。
たまにはそんなふうに、負けをしまい込んで、もう一回だけ挑戦するのもいいんじゃないかな。
まあそれは、今だからこそ言える話で、要するにたらればの話。
戯言だよね。
◆
一触即発という雰囲気が正に似合っていた。
まあ僕の場合、常に一触即発か四面楚歌の状況しかない訳なんだけど。
まあいい、こういうことは慣れているし、僕の人生こういうことしか無かった様な気がする。
この場合、後ろにいる彼女らは助けてくれるだろうか。そうなるとちょっとマズいかもしれない。
何がマズいって、ほら僕ってば銃撃戦のど真ん中に突っ立った事なんか生まれてから一度もした事無いから――味方の流れ弾に被弾して死亡するリスクがある。何なら目の前の便利屋68に殺されるよりもそっちの可能性の方がずっと高いってのが救いようもない。全く難儀なものだよ。
そりゃ、死なないけど、死にたくはないさ。
だってつまらないもの。死んだとしても――もう、安心院さんには会えないんだから。
それが先ほどの『
ここは穏便に丁重に――螺子伏せてみるしかない、かな?
そう思いながら僕が距離を詰めようと一歩足を出した、その時。
「降参するわ」
アルちゃんが床に落とした武器を前に、膝を曲げ、丁寧に折りたたんだ。
それはまさしく土下座としかいいようがない
「確かに貴方の言う通り私たちはここにただご飯を食べに来ただけ。先に手を出したのは私達だった」
『……へえ、それで?』
『まさかその一言だけで、さっきの行為を無かった事にしようとでも』
「そんな事はしないわ。これはお願いよ――責任を取るのは私だけにして下さいという、お願い」
「い、いいえ! 罰を受けるのは私です! アル様は何もしていません!」
「社員の責任を取るのが社長よハルカ。みんなも、武器を置いて」
アルちゃんの一言にムツキちゃんとハルカちゃん、特にカヨコちゃんは渋い顔をしてそれぞれ武器を机の上や床に丁重に置く。そうしてアルちゃんに続けて膝を折ろうと前かがみになった時、アルちゃんはそれを制した。
「よく見ておきなさいハルカ。これがアウトローの末路よ」
「ア、アル様……っ」
ハルカちゃんはそれはもう凄い勢いで号泣していた。悲痛そうなしゃくり声をあげている。
殺された僕がいうのも何だけど、つーか、殺された僕だから言える言葉なんだけど。
なんか毒抜かれるよね……。
僕はやれやれと呟いて、柏手を鳴らす。
瞬きの間に店内にあった弾痕や割れた食器、壊れた椅子と机などが全て元通りに戻った。
ホント、掃除するのに便利だよね。掃除目的で使ったことないけど。
『いいよ。赦してあげる』
『だから立ちあがってよアルちゃん』
「……いいの、かしら?」
おずおずといった様子で立ち上がるアルちゃんを前に、僕は大袈裟に頷く。
別に命を取ろうだなんて思っちゃいない。そんな事態はシャーレが許さない。
となると、ここまで先生が何も言ってこなかったという事は、僕もある程度は信頼されているとみても良いのかな? ちらりと先生の方を伺うと、彼はいつもの柔和な笑みのままで僕らの成り行きを見届けるつもりだ。
よーし。先生に黙認したって事は、僕が私的な私刑を求刑しても許されるという事だ。
何をしても良いという特権を得たという事だ。
可愛い女の子を好きにして良い特権というのは、いつの時代でも素晴らしいものだ。
『――ただし、一つだけ条件がある。……ああいや、二つか』
『頼み事というか、お願い事というか、最後のは命令なんだけどさ』
「ええ、何でも聞くわ。私達は『便利屋68』。どんな仕事でも請け負うわ。勿論貴方になら無償でね」
命と比べれば安いものとアルちゃんは腰に手を当てながら胸を張った。
なるほど、それくらいの矜持はある訳だ。僕は良かったと微笑む。
「あ、でもちょっと待って頂戴。先にこちらの要件を済ませておくわ」
『……? 要件?』
何のことか分からなかったが、アルちゃんは大事な事よと前置きして、隣に立っていたハルカちゃんを自分の前に出させる。
ハルカちゃんは涙目はそのままに、震える口調でたどたどしく言う。
「こ、この度は……殺してしまって、あと、皆さまにも迷惑を掛けてしまい――」
そうして、ぶんっと思い切り頭を下げた。
「誠にすみませんでしたっ!!!!」
僕達は暫く固まっていたと思う。後方を伺うと、全員がこちらを見ていた。
赦す、赦さないの最終決定は僕にあるって事ね。――言うべき言葉は決まっている。
だけどこれには正直、驚いてしまった。僕の一つ目のお願いが正にそれだったからだ。
アルちゃんが全員の代わりに謝ったとして、それでハルカちゃんは満足しない。自罰的な彼女はこの事をずっと胸中に仕舞い込んでしまうだろう。だからハルカちゃんは謝罪しなければならない。
まあそんなつまらない説明よりも、そもそもの話。
悪い事したら『ごめんなさい』でしょ。
『ん。良いよ。いま赦した』
僕はそう言って彼女の頭に手を置いた。そのまま撫でてやる。
するとキッチンの奥からようやく大将が顔を出して。
「こっちも許すよ。ほら、ラーメン伸びちゃう前に早く食べなさい」
と優し気な声色で言った。アビドスのみんなも頷いている様子で、先生は言わずもか。
とにかくここにいる全員が許したという事だ。良かったねハルカちゃん。
当のハルカちゃんは耳まで真っ赤にした後、隠れるようにアルちゃんの後ろに行ってしまった。
それじゃあここからは命令の部分。僕はアルちゃんに指さす。
『便利屋68はこれから先、僕の依頼を断らないこと』
「う……ま、まあ当然よねっ! 人の一生を奪ったのも同然何だから、それくらいの事はやるわ」
そう気丈に振る舞うアルちゃん。しかし自分が先ほど言ってしまった無償という言葉によって、じわじわと真綿で首を絞められていく様な顔色に変わっているのは黙っておこう。
『あ、あと――』
僕はアルちゃんたちに指していた人差し指を天上に立てて提案――否、命令する。
遂に全員が黙ってしまった。あれぇ、そんなにおかしいこと言ったかな?
便利屋68の反応は――様々だった。ムツキちゃんはいつも通りの笑みを浮かべているし、ハルカちゃんは涙目のままで状況が理解出来ていないっぽい。
カヨコちゃんは――じろりと
そして彼女らの前に立つ社長――陸八魔アルは。
(なななな、なっ、何ですってーーーーーーー!!!???)
心境を可視化するとこんな感じだろうか。
そんな風に白目を向いて硬直していた。
◆
「ごちそうさまでしたぁ~~美味しかったです」
「今日も先生に面倒見て貰っちゃいました。ありがとうございます。先生」
「どうって事ないよ。気にしないで」
ややあって、無事にラーメンを食べ終えた僕達は店から出て行く。
あれだけの事がありながらも僕達の為にラーメンを作ってくれた大将さんには頭が上がらないね。
因みに便利屋68の面々は、先ほどのひと悶着のせいかすっかり伸びきってしまったラーメンを、四人で仲良く啜っていた。ハルカちゃんに至っては「更に量が増えてお得ですね!」なんて言ってる。大将さん、超苦笑い。
「うへぇ~~お昼ごはん食べるだけなのにおじさん疲れちゃったよ」
げんなりと言った感じにホシノちゃんはため息を吐きながら呟く。
僕は程よく膨れたお腹に満足しつつ、そうかな? と言ってみた。
『中々に楽しい食事だったじゃないか』
「私、もうあんなの嫌だからね?」
ジト目でこちらを見るホシノちゃんであった。
まあ僕も幼女を過剰に虐めたくはない。肯首しながら、学校へと戻る皆の背を見る。
「あれ裸エプロン先輩? どうしたんですか?」
「裸エプロン先輩、どこに行くのかな~」
「ん、銀行強盗なら一緒に行くよ。裸エプロン先輩」
君たちは僕のことどう見ているのかな?
『ごめんごめん。ちょっと人生の忘れ物をしちゃってさ』
「ん、えっちな本のこと」
『んまあそんな所かな』
『お気にのエロ本を路地裏に落としちゃってさ』
『誰かが盗む前に取りに行かなきゃ』
『それじゃ、また明日とか』
僕は踵を返して、学校とは真反対の道を歩む。
僕の奔放さを思い知ったのか、シロコちゃんたちは何も言わなかった。
ただ、『また明日』とか『ばいばい』だとか、『さようなら』とか聞こえた気がする。
さようなら、また明日、か。
高校を卒業し、大学すら入れずにそのまま流浪の旅に出た僕にとって、そんなありふれた言葉は久しぶりだった。
高校だって箱庭学園に転校する前なんかは、さようならを言う機会無く潰れちゃったし。
いや僕が潰したんだった。そこに一末の寂寥感はあれど、うん、たった一人の生徒に潰される学園が悪いということにしておこう。
街の風景を眺めながらあても無くうろつく。
突き刺すような違和感。違和感なんて、感じなかった日は無かったけれど。
これはそのどれもに当てはまらない。突き刺すようで、舐め回すような感じ。
ねっとりとした不快、グサッとする驚異、そのどれもが愛おしくまた懐かしく感じる。
――そんなものに、あの子達を巻き込みたくない。
いや正しく言うなら巻き込ませたくない。そこにあるのは混沌を煮詰めた暗黒の泥だ。
彼女たちの『
それがお似合いなのは、
『ま、適材適所といきましょうかね』
僕はふらりと角を折れ、人気の少ない細道へと足を運ぶ。
粘り着くような視線は消えずにいる。
今まで襲ってこなかったのは単純に人が多すぎるからだ。だけどそれも今で終わり。
相手は自分の存在が僕にバレていないとでも思っているのだろう。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。蛇が出たなら丸焼きにして食ってやろう。
そんな無体な事を考えながら、僕は後頭部に衝撃を受けてそのまま地面へと倒れた。
おおう……いきなりの武力行使。誰かと問うまでもない。
襲って来た相手はカタカタヘルメット団の一人だった。
この前の報復かな? いやそんな悠長にしている場合じゃない。かなり強く叩いたのか(相手がキヴォトス人だと思い込んでいるから順当だった)大量に出血している。まずい、意識が持たないというか――多分、これ死ぬやつだ。
そんな事を考えながら、僕の意識は完全に落ちた。
本日二回目の死亡、全く球磨川君ってば本当に生きるのが下手くそだねぇ、わっはっは。
……クソ、あんまりにも寂しくったって、彼女の真似をするほどでも無いだろう。
しかも全然似てないし。
生きるのが下手くそで悪かったね。君だって、上手に生きれた訳でも無かっただろうに。
……。
不定期な揺れ、少しだけ良い匂い。
突如、真っ暗だった視界に光が入る。
どうやら僕は死んでいなかったようだ。頭はまだ重いけれど、死んでるわけでもない。
見たところ車だろう。向かい合うようにセットされた二つの席。前方の運転席には仕切りがあり、運転手の姿は見えない。窓はほぼ純黒といっても差し支えない程の遮光ガラスで出来ていた。これでは外の景色さえも楽しめない。そう言う訳で、僕は目の前の男と対峙せざるを得なくなった。
喪服かくやの黒服を着た男。ただし首から上は影の模様。
「手荒な真似をしてすみません、こうでもしない限り、貴方とは一生涯お話出来ないと思いましたので」
「私の名前は黒服。ククッ、貴方の事は色々と調べさせてもらいましたよ――球磨川ミソギさん」
向かい合った男――黒服と名乗ったその男は、僕の顔へずいっと近寄って、言った。
「取引をしませんか。アビドスの借金返済の手助けがしたいのでしょう?」
と。
黒服のエミュが思ったより上手く出来ません。誰か助けてください。
透き通った綺麗な青春なのに、球磨川禊という異分子が入っただけで混沌になっちゃうの本当に球磨川先輩()