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日本企業のROE改善に必要なこと

~80年代からの長期デュポン分解を踏まえた考察~

河谷 善夫

要旨
  • 日本企業のROEの低さは長年の課題であり、依然として半数近い企業がROE8%の水準に達していない。本レポートは、ROEの動きの確認とデュポン分解に基づき、我が国の足元の状況確認、欧米企業との比較に加え、1980年代まで遡る長期時系列比較を踏まえ、日本企業の構造的課題の改善の方向性を考察する。

  • まず足元のROEの動きをデュポン分解で確認すると、リーマンショック後のROE改善は主にマージンの上昇によるが、2020年代以降は頭打ちとなり、総資産回転率は低下傾向にある。レバレッジの変化はあまりない。今後のROE向上に向けては収益性強化と資産効率の改善の双方が求められる状況といえる。

  • 欧米企業との比較では、日本企業は総資産回転率・レバレッジで大差がない一方、マージンの低さが際立つ。

  • 長期データの分析からは、1980年代の日本企業は高いROEを示していたものの、それは高い資産回転率とレバレッジに支えられており、マージン自体は一貫して低かったことが確認される。大量生産・大量販売に基づく成長モデルはバブル崩壊で崩れ、デレバレッジと国内市場縮小の中で収益構造が弱体化した。

  • 現在、マージンは過去最高水準に達する一方、欧米との差は依然大きく、価格決定力や付加価値創出力の強化が不可欠である。また総資産回転率改善に向けては、成長分野への資源配分の転換や異業種連携、新市場創出などの企業戦略が重要となる。税制・競争ルール見直し等での政府の役割も欠かせない。

  • レバレッジ面では、成長投資への適切なリスクテイクを可能にするガバナンス体制や、中長期視点の投資家・金融機関による資金供給が鍵を握る。金利正常化の中で、銀行等の事業評価型融資の広がりが成長投資を後押しする可能性がある。

  • 日本企業のROE向上は、三要素の総合的改善を必要とする構造改革であり、企業・投資家・金融機関・政府が連動して取り組むべき課題である。長期のデュポン分解から得られる示唆を踏まえた取り組みにより、我が国企業が収益性を高め、日本経済全体の成長に繋がることを期待したい。

目次

1. はじめに

日本企業の収益性・資本効率の低さが課題視されて久しい。2014年8月に公表された、伊藤邦雄氏が座長を務めた経済産業省の「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書(「伊藤レポート」)で、特に日本企業のROEの低さが取り上げられ、最低でも8%を超えるROEを達成することが求められた。これを契機に、コーポレートガバナンス改革、東証による資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応への要請といった、ROEの向上を目指した施策が採られてきた。

本レポートでは、まず足元での東証上場企業のROEの状況についてデュポン分解(注1)により確認した後、欧米との比較を行う。そして1980年から現在まで我が国の大企業の長期のROE水準の変化を示し、長期のデュポン分解を踏まえて、今後の我が国企業のROE向上に向けた課題と改善の方向性を示す。

2. 足元の東証上場企業のROEの動向とデュポン分解

まず、足元までの東証上場企業のROE推移と、デュポン分析の結果を示し、近時の企業の収益性の状況を確認する。

資料1は東証が公表している決算短信集計で示されている東証上場企業の全体のROEの推移を示したものである。

図表
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ここからは、東証上場企業全体ではリーマンショック後、ROE水準は上昇基調で、2016年度以降ではコロナ禍という一時的ショックがあった年度以外では、8%水準を超え、足元では9%超程度の水準となっていることがわかる。全体としては伊藤レポートの求める水準をクリアしていることにはなる。しかし、上場企業全体について個別にみると、まだROE8%に達していない企業も半数近くある状況である(資料2)。

図表
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次に資料1のROEの推移についてデュポン分解を行った。その結果が資料3である(注2)。

図表
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これをみると、リーマンショック後のROEの上昇はマージンの改善によってもたらされていることがわかる。しかし2020年代に入って以降、マージンは6%弱程度で頭打ちになっているようにみえる。一方、総資産回転率は長く低下傾向であったものが2020~2022年度と若干上昇し、以降また低下している。レバレッジはほぼ横ばいといえるものの、2020年度以降、若干低下し、2024年度は若干上昇した。

このデュポン分解からは、東証上場企業のROEの一段の上昇のためには、マージンの更なる伸びと、総資産回転率の回復が必要ということがうかがえる。

3. 欧米企業とのROEとデュポン分解比較

前章では、東証上場企業全体でのROEの推移とデュポン分解の結果を確認したが、ここでは、欧米企業との比較を行う。

資料4は、欧米企業のROEの推移を示したものである。

図表
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日本企業のROEは若干の上昇傾向は認められるものの欧米と比べかなり劣後している。この劣後している要因を掴むためにデュポン分解を示したものが資料5である。

図表
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資料5からは、日本企業は総資産回転率、レバレッジについては欧米と大きな差がない中、マージンの低さが目立つ。そしてこれがROEの低さに繋がっているということができる。資料5のマージンの推移からも日本企業の利益率は確かに上がってはいるものの、欧米企業とはまだかなり差がある。このことから、付加価値の高い高収益の商品・サービスの提供を可能とする企業の「稼ぐ力」を高めることが現在我が国企業の最大の課題とされている。

では、日本企業は長期的にROEが低い状態であったのか、その原因としてはやはり、マージンが継続して低かったのだろうか。次章では「失われた30年」の前からの時系列のデータから日本企業の状況を検証していく。

4. 日本の大企業の長期ROEの推移とデュポン分解

失われた30年以前から継続的に企業の財務状況を把握する資料として、財務省が毎年公表している法人企業統計がある。上場・非上場の区分はなく、資本金額でしか企業の規模は分けられないが、我が国企業活動の長期の動向を把握する上では欠かせない貴重な統計である。

まず、法人企業統計から算出したROEの1980年からの推移を示したものが資料6である。ここでは、上場している大企業と同レベルの企業を対象とするため、資本金10億円以上の企業全体のROEを示している。

図表
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日本の大企業のROEはバブル前には8%を超える水準で、比較的高かったといえる。しかしバブル崩壊に伴い、ROEは急速に落ち込み、金融不況が続いていた2001年度にはマイナスとなった。その後急速に上昇したものの、リーマンショック時に再度大きく下落した。以後、コロナ時期に落ち込んだものの上昇基調で、2024年の水準は1980年と同水準であり、我が国の企業としてはかなり高い水準となっていると捉えられる。

この長期のROEの動きをデュポン分解したものが資料7である。

図表
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資料7をみると、1980年前半、「失われた30年」の前、「Japan as No.1」とされていた時代においても、企業のマージンは低かったことが分かる。そしてこの時期の比較的高いROEは、高い水準の総資産回転率とレバレッジにより達成されていたことが分かる。総資産回転率が高いということは売上が資産に対して大きかったということであり、またレバレッジが高かったということは、資本が少なく、銀行等金融機関からの借り入れの割合が高かったということである。1980年代までの我が国の大企業は、資金調達を金融機関からの借り入れで積極的に行い、国内製品の輸出が多かったこともあり、どちらかといえば安価で利益率の高くない商品・サービスを大量に生産・販売し、売上を高め、ROEを高めていた形であったといえよう。このようなモデルがバブル崩壊、金融不況といった経済的事象により崩れ、デレバレッジも進む中で、ROEは大きく低下した。その後は、少子高齢化に伴う国内市場の縮小圧力もあり、国内での売上増加による利益拡大が叶わず、大企業は海外進出に活路を見出した(注3)。一方、国内設備や人件費(人的資本)などの国内成長の土台となる投資は低迷している(注4)。

一方足元では、マージンはかつてない10%程度の水準まで上昇している。しかし、前章で確認した欧米の水準にはまだ届いていない。更なる改善がこの面でも必要である。

ここまで述べてきたような我が国の企業収益に関する動向を纏めると資料8のように3期に分けられよう。

図表
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現在は、3つ目の時期ともいえるが、金融環境が金利のある時代に戻り、様々な改革・施策も芽が出ており、欧米に比する企業収益を達成する新たなステージへの移行が視野に入る重要な時期であると考える。その観点から、次章では、ここまでの事実の確認を基に、日本の企業が欧米なみのROEをクリアし、持続的に成長していくための視点を纏める。

5. 日本企業のROE向上のための方向性

ROEからみると、日本企業にはまだ次の3つの観点から課題があるといえる。ここでは、その課題とそれを克服するために必要と考える方向性を記載する。

マージンの低さ~付加価値創出力と価格転嫁力の不足

日本企業のマージンが低水準にとどまる背景として、適正な価格転嫁が進みにくい商慣行に加え、付加価値そのものを高める力が十分に発揮されていないことが挙げられよう。人件費・エネルギーコスト等の上昇を適切に価格転嫁するため、取引慣行や供給網の見直しを通じた構造的コスト改革を進めることが不可欠である(注5)。それと同時に企業は、顧客の求める価値が見えにくくなっていることを認識し、価値基準を転換し、製品・サービスの高度化や業務プロセスの効率化を通じて付加価値を創出する企業の力を強化していくことも求められる。具体的には、研究開発投資を拡充し、技術革新や付加価値の高い新製品開発につなげることや、デジタル技術の導入による生産性向上、さらに人的資本投資を通じて従業員のスキル向上・専門性深化を図ることが、持続的な競争力の源泉となろう。加えて、こうした企業の取り組みを後押しする観点から、政府による研究開発投資促進税制や、実証実験・新事業分野への参入を容易にする規制緩和など、制度面での支援も重要である。民間の技術革新や新市場創出を促す政策環境を整備することで、企業の積極的なリスクテイクを促し、高付加価値領域への移行を支えることができる。

このような企業の能力構築と政策的支援を両輪として進めることにより、安定的なマージンの向上が期待される。

総資産回転率の低下~売上の伸び悩みと国内市場の成長力不足

総資産回転率の改善に向けては、まず企業自身が成長分野への資源配分を積極的に進め、売上拡大の機会を確保することが重要である。加えて、国内市場が成熟する中では単独企業での成長には限界があるため、異業種協業やスタートアップとの連携、サプライチェーン横断でのデータ基盤構築など、企業間連携を通じた新たな需要創出も必要だろう。これにより、新事業創出による売上拡大に加え、共同投資による資産効率向上という効果も期待できる。また、国内市場全体の成長力を引き上げるためには、政府による制度改革も不可欠である。競争や新規参入を促進する適切なルール作りの推進、デジタル技術の実装を前提とした手続き改革、研究開発・デジタル投資・人的資本投資を後押しする税制インセンティブの強化、さらにはスタートアップ支援や公共データの利活用促進などの政策により、新産業の創出と市場拡大を支える環境整備が必要である。企業の取り組みと政府の制度改革を組み合わせることで、国内市場の成長力を底上げし、総資産回転率の改善を通じて企業の資本収益性向上につなげることが可能となる。

レバレッジの低さ~過剰な財務健全性とリスクテイク不足

レバレッジの改善に向けては、まず企業自身が適切なリスクテイクを行えるガバナンス体制を構築することが不可欠である。取締役会における投資判断の監督機能を強化し、成長投資の妥当性を検証できる仕組みを整備することで、企業は財務健全性と成長リスクのバランスを踏まえた資本政策を実行しやすくなる。また、投資家・金融機関など資金の出し手側にも改革が求められる。短期的な指標に偏らず、中長期的な価値創造を重視したエンゲージメントを進めることで、企業が積極的に成長投資へ踏み切れる環境を整えることが重要である。とりわけ、日本が「金利のある世界」へ移行しつつある現状を踏まえると、銀行等の金融仲介機関が果たす役割はこれまで以上に大きくなる。金利上昇で一般論としては企業サイドからみれば資金調達のハードルがあがる一方、金利が正常化することで、銀行は融資のリスク評価と価格付けをより適切に行うインセンティブを持ち、企業の成長戦略や非財務情報を踏まえた事業性評価型融資が広がる可能性が高い。これにより、将来の収益成長を見込む企業への資金供給が活性化し、企業側も適正なレバレッジを活用した成長投資を行いやすくなる(注6)。さらに、こうした資金循環を促す制度整備も重要であり、成長投資を後押しする税制措置や官民ファンドの活用など、リスクマネー供給を促進する政策が引き続き必要である。企業、投資家、金融機関、そして制度の各層が連動することで、適正なリスクテイクが促され、レバレッジを活用した成長投資が資本収益性向上に結びつくと考えられる。

以上、ROEのデュポン分析を通して、我が国企業の課題とその克服の視点を挙げた。このようにみると、ROEの向上は単なる経営指標の改善にとどまらず、企業・投資家・政府が連携・協働して実現すべき経済構造改革であるということが理解できる。マージン・総資産回転率・レバレッジという三要素を統合的に高める観点で、官民が一体となり、企業の力を強化し、日本経済全体の成長に繋げることを期待したい。

以 上

【注釈】

  1. デュポン分解とは、次のとおり、ROEをマージン、総資産回転率、レバレッジの3つの財務の要素に分解すること。

    ※レバレッジとは、「てこの原理」を応用して小さな力で大きな物を動かすように、借入金や社債など外部資金を活用して事業を拡大し、より大きなリターンを得ることを指す。少ない自己資金でも効率的に収益を高められる一方、業績が悪化すると返済負担が重くなり、損失も拡大する。したがって、レバレッジを高めることはハイリスク・ハイリターンとなる。

  2. この分解の際、総資産額は、期央額((前期末額+当期末額)/2)として計算している。

  3. 河谷(2024)第7章

  4. 河谷(2025)第2章

  5. この点については、2025年5月に成立した改正下請法(中小受託取引適正化法)が、2026年1月から施行される。委託企業と受託企業の対等な価格交渉や代金決定プロセスの透明化、手形払いの原則禁止などが義務付けられ、原材料費や労務費といったコスト上昇分の価格転嫁が制度的に後押しされる可能性が高まる。この改正を契機に、サプライチェーン全体で適正な価格転嫁を確立し、企業が安定的なマージンを確保できる環境づくりをすすめていくことが重要である。

  6. 事業性評価型融資の拡大には、金融機関に対する資本規制がそのリスクを適切に反映するような仕組みも必要となる。

【参考文献】

河谷 善夫


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。