【女子枠合格者9割は早慶にも合格】 批判に旧東工大はどう答える?
東京科学大学(旧東京工業大=以下理工系)が2024年度入試から導入した女子枠。 そもそも名古屋工業大では約30年前から行っている上に、東京都内でも18年から芝浦工業大が導入し、これらの大学では女子率が高くなっている。 【写真特集】女子枠批判に答える旧東工大 文部科学省によると、現在38の国公立大学が女子枠を導入。26年度入試では、京都大や大阪大、青山学院大でも設けられるなど、女子枠は近年拡大している。 一方で、「女子にげたを履かせる制度では」「男子差別では」との批判がSNS(交流サイト)等で相次いでいる。 女子枠は男女平等に反しているのか。女子枠入試の実態について、東京科学大(理工系)に聞いた。 ◇女子枠は広報のツール? 東京科学大(理工系)は、24年度入試から総合型・学校推薦型選抜で女子枠を導入し、25年度入試では定員149人と大規模なものとなった。26年度は定員154人で女子枠入試を予定している。 日本の理工系で学ぶ女子学生の比率は低く、さまざまな発想を持った人が集まり、多様な意見に触れることによって、将来的なイノベーションの創出につながる可能性があるという狙いで女子枠の導入が相次いでいる。 東京科学大(理工系)の学士課程の女子学生は22年5月時点で全体の約13%にとどまっていたが、女子枠の設置により24年度には15%を超えた。一方、募集定員の総数は変わらないため、一般選抜の定員は減ることになる。 メディアで大きく取り上げられたと同時に、ネット上での批判が高まっていることに対して、東京科学大の井村順一理事はこう話す。 「規模が大きかったことが要因だと思います。規模を大きくすれば、女子学生が入学後に安心して学習できると考え、そうしました」 女子が理工系学部に進学しない理由の一つには、「女子が少ない」というものがあろう。女子があまりにも少ないと居心地が良くないし、楽しくないからだ。 東京科学大の大岡山キャンパスで、4月と5月の月曜日に行う理工学系と医学系の学士1年の合同授業は女子率が高くなるため、「理工系の女子学生も安心すると言っています」(東京科学大・伊東幸子学生支援センター長)とのことだ。 女子が多いことは、女子学生にとって安心できることなのだ。女子枠の定員が多いことで「他にもたくさん女子が入学するなら私も受験しよう」と思う女子受験生が増えるのだ。 実際、東京科学大(理工系)の一般選抜では女子の志願者が増えている。志願者数に占める女子の割合は、23年度が14・6%、24年度が15・8%、25年度が16・4%と増えている。 これは他の大学、たとえば名古屋工業大や芝浦工大でも同様だ。つまり、女子受験生への広報のツールとして女子枠は機能している。 ◇「入学後の成績は一般選抜と遜色ない」 さて、女子枠は名古屋工業大や芝浦工大なども導入してきたのに、なぜ、東京科学大(理工系)の導入をきっかけに女子枠批判が高まったのか。 それは井村理事がいうように「規模が大きかったため」もあるが、日本のトップ理工系大学、東京科学大(理工系)に「女子なら楽して入学できる」ように見えるからかもしれない。学内の男子学生たちが反発し、X(ツイッター)で批判していることも確認できる。 この誤解は分からなくもない。大学のサイトを見ても一般選抜は個別試験(2次試験)の合格者点が公表されているが、女子枠を含む総合型選抜や学校推薦型選抜の合格者の最低点は公表されていない。しかも出願要件に「評定平均値いくつ以上」というものもなく、東京大の推薦のように「大学入学共通テストでおおむね8割以上」という明記もない。 つまり、女子なら誰でも受験できて、簡単に合格する試験に見えるのだ。合否は、共通テストの点数、調査書(評定平均値)、面接などで決まる。 「面接を重視しています。総合型選抜なので、ちゃんと知識を理解できているか、考えをまとめ、言葉で表現できるかなど、そういうところを一番見ています」(東京科学大・関口秀俊執行役副学長) 面接といっても口頭試問(対面で知識や思考力を問う)である。 「物質理工学院の過去の例ですと、リチウム電池の仕組みについての解説を読ませ、それについて考えて、回答してもらいます。一般選抜と形式は異なり、共通テストの得点も加味し、基礎学力の評価はしっかりと行っています。入学後の成績は一般選抜での入学者と遜色はありません」 (関口副学長) 「入学後の成績に遜色はない」と説明されても、やはり、入学試験としての難易度に疑問を持つ人たちはいるだろう。 正直、今回取材をしてみて、合否の基準が私も把握できなかった。評定平均値と共通テストの点数で学力を測るのかと思ったが、「面接重視」とのことだ。「面接重視」の総合型選抜というのは珍しい。どういうことなのだろうと疑問に思う。 そこで女子枠の合格者の学力がどのぐらいなのかという客観的な情報を探した。 ◇女子枠合格者9割が一般選抜で早慶合格 10万人以上の生徒数を誇る最大手予備校、東進ハイスクールの広報担当者はこう話す。 「東進ハイスクールの生徒に関していうと、25年度入試で東京科学大の女子枠合格者の9割が一般選抜の早稲田大か慶応義塾大に合格しています」 25年度の女子枠合格発表の日に、慶応大の理工学部の一般選抜があったため、みなそれを受験し、合格していたという。 私が取材した女子枠合格者たちも全員が慶応大や早稲田大、東京理科大などの難関私立大の一般選抜に合格していた。 河合塾が示す偏差値を見ると、東京科学大の理学院、工学院、物質理工学院、情報理工学院、生命理工学院、環境・社会理工学院の偏差値は65・0。早稲田大の先進理工学部は物理学科67・5、生命医科学科67・5、他は65・0。基幹理工学部は65・0から67・5。慶応大の理工学部はすべての学門(学科)が65・0。 つまり、東京科学大(理工系)と難易度は変わらない。その一般選抜に合格している女子枠合格者たちは学力が高いことが分かる。彼女たちのほぼ全員が一般選抜で東京科学大(理工系)を受験する予定でゴリゴリと勉強をしている中で、前哨戦として女子枠も受験したのだ。 ◇AIの普及で大学入試も変化 だからといって、彼女たちが一般選抜で東京科学大(理工系)に必ず受かるとはいえないだろう。慶応大とは科目数や配点に違いはある。 「憲法の学校 親権、校則、いじめ、PTA――『子どものため』を考える」(KADOKAWA)の著者で、東京都立大法学部の木村草太教授はこう話す。 「難関国立大学の一般選抜は試験時間が長いなどの理由で体力がある方が有利です。そうなると男子の方が受かりやすくなります。一方で推薦入試は評定平均値なども評価するのでコツコツと努力できる学生が不利にならず、女子も互角に戦えます」 東京科学大の一般選抜は、2次試験に3時間の数学の試験があることで知られる。こうなると体力で勝る男子が有利になるのは確かだ。 「一般選抜も28年度入試からは数学、理科の時間を短縮し、共通テストの点数も含めて合否を決めていく方針です」(関口副学長) 女子は共通テストの得点が高い傾向がある。そして、数学の試験時間が短くなれば体力面で不利さがなくなる。 結果的に今よりは女子が戦いやすい入試になる。ただ、これは女子を増やすための改変とばかりはいえないだろう。 AIの普及で社会が求める能力は大幅に違ってくる。AIがコンピューターのプログラムを作っていくため、アメリカではIT業界でリストラが始まっている。今後、日本もそうなるだろう。AIが作ったプログラムをチェックしてミスがないように仕上げていくのが人間の仕事になっていく。そうなると、人間に求められるのは長時間労働ではなく、短時間にいかに緻密にミスがないように作業をするかになってくる。それに対応するためには長時間の入試は必要なくなってきているということかもしれない。 少子化の中で、どの大学も学力が高い学生をどう確保するかで試行錯誤している。その学力の高い学生を確保するために女子枠は現状はうまく機能しているようだ。今後の動向に注目したい。(受験ジャーナリスト・杉浦由美子)