オランスキー ノクターン

───気づけば、夜になっていた。工場は稼働を止め、静けさを取り戻している。機械達は家へと帰ったのだろう。ただ一人、私はまだここにいる。金属の匂いと油の染みついた床だけが、今日も変わらず私を迎えてくれる。だが少し、様子がおかしい。体が冷たいのだ。指先を動かそうとしても、思うようにいかない。まるで鉄が流れ込んで、私の中を固めていくようだった。目線を指先へと向ける。指先は、すでに金属に覆われていた。光を反射し、冷たく硬い。これは夢なのか、現実なのか。私は──機械になっていた。私は最後に、人としての涙を流した気がする。今は、オイルが頬を伝っていた。 それは涙と似ているようで違った。温度は低く、匂いは油の混ざった鉄の香りだった。指の関節がきしむたび、記憶の欠片がひとつずつ震える。もう人間として人を抱くことも、手をつなぐこともできないのかもしれない——そんな考えが、ぎこちない思考の隙間を漂った。だが同時に、私は知っていた。触れられなくなっても、覚えていることはできる。 幸せだったあの日々を。 誰かの笑い声に救われた瞬間を。 汗と油にまみれながらも共に働き、疲れ果てた体で見上げた夕焼けを。 冷たい金属の胸の奥で、それらの記憶はまだ熱を失わずに息づいていた。もはや人間の鼓動はないのに、不思議と心臓の鼓動よりも確かな力で、私を生かしていた。 ──たとえ体が機械になろうとも、あの「幸せだった」と言える記憶が残っている限り、私は完全に人ではなくならないのかもしれない。 夜はさらに深まり、月光が工場の窓を透かして差し込む。鋼の影に沈んでいく私の姿は、もう人のものではなかったが、その胸に宿る光だけは確かに人間の証だった。
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12/4/2025, 2:48:07 PM